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2006.09.23 Sat
『坂の上の雲』-其ノ壱-

日本にいる友人から『竜馬がゆく』と『坂の上の雲』を送ってもらった。それが昨日とどいた。異国の地で司馬遼太郎の本を読むのは格別の贅沢に相当する。『竜馬がゆく』はもう3回目になる。『坂の上の雲』は初めてだ。いま夢中になって読んでいる。

幕末当時の日本とは、三百諸侯の時代である。当時「お国」といえば、大名をかかえる各地域(いまでいえば「市」あるいは「県」に相当する)のことを指していた。当時の勤王の志士はみな、認識の上では「お国」の中で「お国」のために戦ったといえるだろう。

維新回転の大立役者である西郷隆盛もその例外ではなかった。彼は明治政府樹立後も、「薩摩」のために戦い、「薩摩」のために死んでいった。彼の「お国」のために死んでいったといっていい。維新の著名な功労者たちにとっても、最後の最後まで、認識の上で「お国」の概念から抜け出すことは極めて難しいことだったのである。

坂本竜馬が、日本で初めての「日本人」だったという司馬遼太郎の見解に私は賛成する。彼の小説の内容の真偽はともかくとしても、実際の史料にもとづき坂本竜馬の行動をたどってみさえすれば、それはしごく妥当な意見であると云わざるを得ないだろう。

坂本竜馬は、地理の上で土佐という自らの「お国」を越えて維新回転のために日本各地を奔走してまわった人物というだけではなく、認識の上でも「お国」を超えた当時唯一の人物であった。彼の頭の中には、土佐という「お国」を超えて、外国に対峙すべき「日本」という概念が存在していたに違いない。

三百諸侯の時代はとうの昔におわり、いまは「日本」という認識が当たり前となっている。時代は変わった。それとともにわれわれの認識も変わらなければならない。

グローバル化というドラスティックな変化の真っただ中にあるいまの時代、われわれに課された難題は、「日本」という「お国」を超えることにあるのではないか。

それが少なくとも、いまの私の課題であることには相違ない。


次回につづく・・・


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