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2008.11.13 Thu
ソスアでダイビング!
ダイビング

今週の月曜日はドミニカ共和国の休日だったので3連休だった。土曜日と日曜日に、当国北部のソスアという町に行ってダイビングをやってきた。当国北部には、プエルト・プラタという有名なリゾート地(『地球の歩き方』にも載っている)があるが、そこを通り過ぎて東に20分のところにソスアの町はある。首都サントドミンゴからバスで約5時間かかった。

ソスアは、漁村を小奇麗にしたという感じの町だった。ビーチには西洋人やアメリカ人よりも、ドミ共人が大半だった。庶民の憩いの場ってところか。

ダイビングは、土曜日に2本、日曜日に2本、計4本潜った。1本目は「ガーデン」というダイビング・ポイント、2本目は「カニョン」、3本目は「ウェスト・ウォール」で、4本目が「トレス・ロカス」というポイントであった。3本目のウェスト・ウォールが唯一のディープ・ダイビングで、30m近く潜った。沢山の熱帯魚と珊瑚礁、スコーピオン・フィッシュ、ライオン・フィッシュ、それと2匹エイと遭遇した。ソスアの海は、メキシコのカンクンやコスメル島の海に比べると、やはり透明度は落ちる。しかし、既に世界的に有名なカンクンとコスメル島の海で潜ってしまった私は、これから一体どこの海で満足できるというのだろう。私はカリブ海以外の海で潜ったことはない。ホンジュラスのウティラ島でライセンスを取って以来、カリブ海だけで潜りつづけている。だから、透明度20メートル以上が当たり前となってしまった。

ダイビングを通じて、引率者(ダイブ・マスター)のリチャード(写真:左から2番目)と、ジンバブエ人のティム(写真:1番左)と、コロンビア人のフェルナンド(写真:1番右)と友だちになった。ティムとフェルナンドはサントドミンゴに在住しているので、今後も好きな時に一緒にメシが食える。

4本目のダイビングを午前中に終えたあと、4人でメシを食いに行った。地元の庶民が集まる場末のレストランで、魚のから揚げとライスと野菜を4人でガツガツ喰らった。みんな面白い奴で、リチャードはソスアの海の話しをし、ティムはエジプトの紅海で潜った時の話をし、フェルナンドはパナマで潜った時の話をし、オレはコスメル島で潜った時の話をした。海を「共有」した奴らとはなんでこんなに楽に、自然とうち解けあえるのだろう。

海と戯れた後の快い疲労には、チンチンに冷えたビールが最高にうまかった。
こっちは常に夏だ。オレは夏から夏へと、いつも夏を追いかけている。

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Comment
Posted by guillermo
元気そうですね!日本は寒いですよ。
2008.11.21 Fri 09:43 URL [ Edit ]
>ギジェルモ Posted by TAKESHI
元気です!こっちの政治と経済は滅茶苦茶ぶりが最高に面白いですよ。今週末もカリブ海のリゾート地にダイビングに行ってきます。やっぱ夏が最高!
2008.11.22 Sat 02:22 URL [ Edit ]
Posted by guillermo
楽しんでる様子が窺えていいですね。ところで、レヴィ・ストロースってまだ生きてて、今度100歳らしいな。
2008.11.23 Sun 11:12 URL [ Edit ]
>ギジェルモ Posted by TAKESHI
ギジェルモこそ、元気にしていますか?あなたがかつて住んでいたサントドミンゴ村は、レヴィ=ストロースのフィールドワークに匹敵するくらいの「未開」の村でした。しかし、市場経済で世界が動いている現代にあっては、逆に「稀少かつ貴重」な経験でした。僕にとっても。

修論の執筆に当たって、僕はレヴィ=ストロースの本を何冊か参照しました。その中で、彼の「一般交換」という概念を自分の論文に応用しました。その概念の詳しい説明は省きますが(論文参照のこと)、僕が研究対象地としたチャコ地方の先住民の村々にも、同じような文化的行為が見られました。その章は、自分の論文のクライマックスとなっています。

彼の名著である『悲しき熱帯』は、学問的にはあまり意味を持ちません。しかし、学問という枠組みを超えて「滲み出る」何かがそこにはあると僕は思います。うるおぼえですが、こんな一節がありました。「人間は飽きることなく単一商品作物を作り続けている。宇宙人がやって来て地球上の活動を観察したら、この地球の主人はサトウキビで、使われているのは人間だと思うであろう」。工業化した現代も同じです。ただ、「商品」が多様化しただけです。いや、むしろ事態はより悪化しています。

ギジェルモと僕がチャコ地方のサントドミンゴ村やサンタテレシータ村で実際に見て経験したもの、それは正に「熱帯」の「残しょう」であったかもしれません。ギジェルモとは、アンガイテ「族」やグアラニー「族」について、色々と考え、話し合いました。実際には、彼らを通じて僕たちは、少なくとも僕は、「自分」を考え、そして「人類」を考えていたのかもしれません。サントドミンゴ村での長い夜は、哲学するのに十分な時間を僕たちに与えてくれたと、僕は今そう思っています。
2008.11.24 Mon 14:57 URL [ Edit ]

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