未分類 | 
Graphical Clock neon
Graphical Clock
ioi.toot
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
最近のコメント
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
リンク
追越ノート―「ここ」から世界へ
≪2017.04  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  2017.06≫
プロフィール

TAKESHI

Author:TAKESHI
下田にて

最近の記事
月別アーカイブ
--.--.-- --
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告    Top↑

2007.10.09 Tue
私のエルネスト


エルネスト・チェ・ゲバラが亡くなってから、きょう(10月9日)で40年目を迎えた。キューバやベネズエラ、ボリビアなどの中南米各国では、彼の追悼行事が行なわれた。フィデル・カストロ議長は、チェの遺骨が安置されているサンタクララで追悼文を読み上げた。


 


私がエルネストを始めて知ったのは、2002年の10月のことである。当時私は、東京の広尾で協力隊の派遣前訓練を受けていた。9月から始まった訓練も佳境に入り、私は(いまは亡き)広尾訓練所の図書館で、前隊員の報告書をあさったり、南米に関する図書を探したりしていた。そんな折、書架にあった一冊の本に遭遇した。ページをめくると、そこには、西洋建築の2階のバルコニーで仰向けに横たわり、頭に手を組んで宙を見つめている青年の姿の写真があった。「ジェームス・ディーンみたいだな・・・」と私はその瞬間思った。


 


『チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記』と表紙にある。巻頭には、バイクにまたがる写真(上の写真)や、サングラスをかけて自転車にまたがる彼の写真などがあった。この本は大学の親友のアルベルト・グラナードとバイクと歩きとヒッチハイクと船で南米を旅したときのエルネストの旅行記であるが、彼はそれ以前に自転車でアルゼンチンのサンタフェ、北コルドバ、メンドーサなどを旅している。ところで私も、協力隊の訓練が始まるまでに、自転車による四国八十八ヶ所巡礼(大学2年時)と、日本縦断を達成していた(大学2年時+協力隊訓練開始前)。大学時代、シルクロードをはじめとしてアジア・アフリカを旅してまわったが、それと同時に私は「チャリダー」でもあったのだ。だから、タイヤを上半身にぶら下げて自転車にまたがる彼の姿は、その時の私にすごく印象的だった。「南米にもこんなことをする奴がいるのか」と、同じチャリダーとしての親近感を覚えたのである。でも、その時はただそれだけだった。


 


私がエルネストを本当の意味で「知る」ことになったのは、南米のパラグアイにおいてだった。当時私は、パラグアイ北部(チャコ地方)のマリスカル・エスティガリビア市の市役所を所属先として、同市や近くの先住民の村(サンタテレシータ村)で活動を行なっていた。その時、市役所の広報部課長をしていたベルナルド・コロネルと知り合った。彼とは卓球をしたりピンポンをしたり、毎晩のごとく一緒にビール飲んだり、チャコ地方の色んな所に連れていってもらったりした。そして、毎日毎晩お互いくたびれるくらいに議論をした。私は彼からたくさんのことを学んだ。彼を通じてパラグアイや南米の「リアリティ」を知ることができた。それらは絶対に教科書には載っていない生きた情報であった。


 


彼は、パラグアイ人にはめずらしく(エクアドルの出張大学で)人類学を学んでいた。彼は「チェ」を尊敬していた。彼は、市役所の仕事とは別に、個人的にチャコ地方の先住民を援助する活動をしていた。外部の機関から援助を引っ張ってきたり、先住民の村同士の組織化を指導したりしていた。しかし、その試みはすべて失敗に終わる。市役所を追い出され、市議会選に立候補するも敗れ、いまは首都のアスンシオンで短期の調査の仕事などをしている。彼はいつか云っていた。「この国では、不正を訴えたら、その訴えた人が刑務所に行くハメになる。だから、みんな不正を見つけても黙って見過ごして訴えようとしない」と。不当な理由によって突然市役所を追放された彼は、その後その件を裁判所に起訴し、そして最終的に勝訴を得た。行政に携わる周囲の人たちにとって、「本当のこと」を新聞に書く彼はじつに煙たい存在だったのである。


 


話は変わるが、協力隊活動も折り返し地点を回った頃、アスンシオンの映画館で『モーターサイクル・ダイアリーズ』という映画が上映された。私はそれを友だちと一緒に観に行って大きな衝撃を受け、その後もアスンシオンに上がる度に映画館に足を運んだ。計3回観た。この作品を「南米で」観ることができたことに大きな意味があると思っている。「ぼくはもう、ぼくじゃない。少なくとも、旅する前のぼくとはすっかり変わってしまったのだ」という主人公の語りとともにエンディングの音楽が始まり、エンドロールとともにエルネストとグラナードの旅の写真が何枚も映し出される。あの時に映画館でおぼえた感情は、いまも忘れることができない。


 


カラカス(ベネズエラ)でグラナードと別れたエルネストは、母国のアルゼンチンに戻り、大学の卒業試験(医学)をパスして、カラカスのハンセン病療養所で働くグラナードを求めて再び旅に出る。といったくだりは、以前にこのブログの「メリダの年代記」というところで書いたので省略するが、彼は放浪の途中、メキシコでフィデル・カストロと運命的な出会いを果たす。エルネスト、27歳の時であった。そして私も27歳の時(去年)、メキシコのメリダにいた(留学中)。自分と同年齢の時に、エルネストは同じメキシコの地にいてしかもメリダも訪れていた、という事実に私は多少の感慨をおぼえた。かの地メリダで。


 


フィデルと出会ってエルネストから「チェ」となった彼は、キューバ革命(1959年1月)を起こし、その後も国づくりのために奔走した。じつは、チェを団長とする親善使節団がアジア、アフリカ諸国を歴訪した際、彼は日本にも訪れている(1959年7月)。都庁に赴いて東知事から『都民の鍵』を受け取り、池田勇人通産相(当時)と通商協定についての話をし、靖国神社の参拝を断って広島の原爆慰霊碑を訪れた。「きみたち日本人は、アメリカにこれほど残虐な目に合わされて、腹が立たないのか」と云ったという。しかし、当時チェに会った日本の政治家や官僚は、キューバの使節団など重要視していなかったため、ほとんどの人が彼のことをよく覚えていなかった。そんなこともあって、現在においてもチェの日本訪問はあまり知られていない。


 


それから彼がどのような人生を辿ったのかについては、ここに詳しく記すまでもない。彼がカストロに宛てた「別れの手紙」は文学の極みである。しかし、そういったことは彼について書かれた本を読めば容易にわかることである。最終的に彼は、工業相、国立銀行総裁、経済使節団長、軍司令官(コマンダンテ)といった当時の彼の役職と肩書きをすべて捨て、世界同時多発革命を目指してアフリカのコンゴへと向かった。その後極秘の内にキューバに戻り、すぐに今度はボリビアへと旅立った。そしてボリビアでゲリラ闘争をつづける中、イゲラ村で政府軍に捕まり、CIAの指示によって殺害された。1967年10月9日のことである。


 


私は彼の人生を全面的に賛美する者ではない。彼の考え方や実際の行動の一部は、たとえ時代的背景や制約を配慮に入れたとしても、私にとって到底受けいれることのできないものである。しかし、それを認めた上で、そうではあっても、彼の人生は依然として魅力的である。


 


キューバの革命博物館を訪れたときにも同じようなことを思った。彼の意志と行動が、南米をはじめとする「第三世界」の「貧しい人」の魂をどれだけ救ってきたか、あるいは現在も救っていることか。それは、実際に南米を旅すればよくわかる。彼の精神は現代においても決して死んではいない。2005年にボリビアで史上初の先住民出身の大統領(エボ・モラレス)が誕生し、ベネズエラのチャベス大統領はカストロ議長とともに反米・反グローバリズムを掲げ、彼らはブラジル左派大統領のルーラとも結びつきを強くしている。そしてパラグアイでは、来年の大統領選挙に向けて、元聖職者のフェルナンド・ルーゴが名乗りをあげている。南米にはいま、確かな社会主義的な変革の波が押し寄せているのである。


 


きょう、朝起きて大学に来て、まず親友のベルナルドにメールを送った。「チェ」を私に教えてくれた彼に。いまも政治的な活動をつづける彼に。「チェ」よりも「エルネスト」に興味を持った私から。


 


エルネスト・チェ・ゲバラは、キューバの医学生を対象とした演説の最後に、シモン・ボリバルのコトバを引用して次のように云った。


 


「口で云う前に、行動で示せ」


 


私のエルネストはまだ生きている。


そう思いたい。


 


【参考文献】


エルネスト・ゲバラ 1997 『モーターサイクル南米旅行日記』 現代企画社。


Ernest Che Guevara 2001 Otra Vez. Barcelona: Ediciones B Grupo Zeta.


Heart, M. & Negri, A. 2000 Empire. London: Harvard University Press.


池上善彦(編) 『現代思想 総特集チェ・ゲバラ』10月臨時増刊号 第32巻第13号 青土社。


三好徹 2001 『チェ・ゲバラ伝』 原書房。


太田昌国 2000 『ゲバラを脱神話化する』 現代企画社。


横堀洋一(編) 2005 『ゲバラ 青春と革命』 作品社。


ウォルター・サレス監督 2004 『モーターサイクル・ダイアリーズ』(DVD) アミューズソフトエンターテイメント。


未分類    Comment(0)   TrackBack(0)   Top↑

Comment

管理者にだけ表示を許可する

Top↑

TrackBack
TrackBackURL
http://teamoterere.blog59.fc2.com/tb.php/163-8e821d05

Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。