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2007.09.24 Mon
ベートーヴェン:交響曲第3番「エロイカ」



 土曜日に、高校の時のソウルメイトの結婚式があった。オレは2次会に参加した。夜の7時から、新橋から豪華客船で東京湾をぐるりと回った。レインボーブリッジが綺麗だった。


 


じつは結婚式に行く前に、サントリーホールで日本フィルハーモニー交響楽団の第593回東京定期演奏会を聴いた。


 


サントリーホールがリニューアルされて、はじめてのオーケストラ公演だ。サントリーホールは音響設備も抜群で品もよく、オーケストラの演奏には最高の場所である。大学生のときは、多いときで月に4回はここに演奏を聴きに来ていた。


 


お題目は、


 


ヴェルディ:歌劇《ルイザミラー》より「序曲」


ドニゼッティ:歌劇《愛の媚薬》より「人知れぬ涙」


マスネ:歌劇《ウェルテル》より「春風よ、なぜ私を目覚ますのか」


プッチーニ:菊の花


ヴェルディ:歌劇《仮面舞踏会》より「今度の航海は無事だろうか」


プッチーニ:歌劇《トスカ》より「星は光りぬ」


ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調《エロイカ》


 


指揮:小林研一郎


 


オレは、ステージの目の前、一列目の真ん中ちかくの席をあらかじめ予約しておいた。オーケストラの演奏を聴くのに一番よい席は、ステージから10メートルくらい離れた列のやや左よりのところだと云われている。そこが壁からの反響もちょうどよく、且つオケ全体を見渡すことができるからだ。最前列だと、ヴァイオリンの音だけが極端に強く聴こえてしまったり、また全体としてオケの出す音がぼやけてしまうという欠点がある。しかし、最前列には決定的な利点が一つある。


 


指揮者とオケを目の前で見ることができるという点だ。指揮者の鬼気迫る仕草や、第2ヴァイオリンのパートごとの表情の変化を真近で見るというのは実に面白い。


 


小林は日本では有名な指揮者だ。「炎のコバケン」の異名を持つ。重要なパートの始まりには、小林の「ン・・・フンーーーーン!」とオケの合図を取る鼻息がはっきりと聴こえた。それは音楽にとっては雑音であるが、視覚にとってはスペクタクルである。音楽はすべて指揮者で決まる。


 


しかし、何と云ってもこの演奏会の目玉は、ベートーヴェンの《エロイカ》である。この曲はオレのお気に入りの曲だ。「《エロイカ》ってなに?」って人は無視するとして、この曲にはもともと《ボナパルト》という表題がつけられていた。つまり、この曲はベートーヴェンがナポレオン・ボナパルトに捧げた曲なのだ。しかし、ナポレオンが帝位に就くと、ベートーヴェンは激怒して表題を変えてしまった。「シンフォニオニア・エロイカ」と改題され、「ある英雄の思い出のために」と書き加えられた跡が楽譜に残っている。


 


大学3年の時、オレは中国の上海からイタリアのヴェネツィアまで、中国-パキスタン-イラン-トルコ-ギリシャ-イタリアと、乗り合いバスと鉄道を使って旅をした。最終目的地は、ローマだった。古のシルクロードと世界の広さを自らの肌で実感することがその旅の目的だった。ちょうど、マルコポーロが辿ったのと逆のコースを辿ることになった。「マルコポーロを求めて」というのがその旅の副題でもあった。全行程を通して、日記は一日たりとも欠かしたことはない。旅行記は一冊の本になるくらいの量になった。マルコポーロの生家があるヴェネツィアは、ローマのさらに向こうにあった。オレはナポリからローマを通り過ぎてヴェネツィアへ向かった。ローマを「旅の最終目的地」にしたかったからだ。


 


ヴェネツィアでマルコポーロに挨拶をし、そして念願のローマへ向かった。フィレンツェ、ピサを観光して、最終的にローマに辿り着いたのは夜の7時頃だった。着いてすぐ、見知らぬ街を徘徊し始めた。するとどこからともなく、綺麗なメロディが聞こえてきた。荘厳な建物(「Altane Palazzo della Patria Venezia」という所だと後でわかった)の上でその野外演奏はやっていた。オレは急いで階段を上った。ちょうど一つの曲が終わったところで、オレが階段を上りきってオーケストラが見えたとき、「ドヴァ!・・・ドヴァ!・・・♪」と馴染み深い2音が響いた。《エロイカ》だった。オレは、旅の目的地に約2ヶ月を経て辿り着き、その労をねぎらわれているような、あるいは永遠の都ローマに歓迎されているような気分だった。ローマはオレを待っていた。その時、まさに《エロイカ》はオレの曲だったのだ。


 


そんな思い出のある《エロイカ》だが、小林のそれは素晴らしかった。涙が出るほどではなかったが、指揮者、オケともども熱のこもった演奏であったのは間違いない。十分に心に響いて心地好かった。


 


ちなみに、オザワとサイトウ・キネンの《エロイカ》はかなり斬新である。オレはいくつもの《エロイカ》を聴いてきたが、これほど斬新なものはない。あまりにも斬新すぎて、はじめて聴いたときには「なんじゃこりゃ・・・」と思ってしまった。まったく別の曲だ。しかし、オザワ独特の音の強弱をはっきりとさせる演奏は、はじめは不可解だったものの、何度も聴いているうちに、こういう《エロイカ》もありだなと思うようになった。オザワの解釈は耳を見張るほどに斬新だったので、改めて彼の力量に感服してしまったのである。


 


いずれにせよ、ベートーヴェン:交響曲第3番はオレの曲である。


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2007.09.19 Wed
サイトウ・キネン・オーケストラ

 


この前の小澤征爾の『幻想交響曲』があまりにも聴衆を凌駕していたので、いまもあの時のメロディが頭に残っていて無くならない。


 


サイトウ・キネン・オーケストラは、日本で最高のオケである。というのは疑いの余地がない。とオレは思う。このオケがすごいのは、日本を含む世界各国で活躍する「ソロ」奏者によってその多くが編成されているところだ。つまり、個人のレベルが格段に高いのである。しかも指揮は小澤征爾。正にオールスター。こんな形のオケは世界中を見わたしても、サイトウ・キネンだけだ。だからこそ、世界からも注目を浴びている。1990年には、クラシック界最高の音楽祭と云われるオーストリアのザルツブルク音楽祭に、日本のオーケストラとして初めて招待を受け、そしてオープニングで演奏している。


 


さて、今回は実家にある100枚以上のクラシックCDの中から、特にお気に入りのやつを何枚か選んでこっち(追越)に持ってきた。その中にはサイトウ・キネンのベートーヴェンの『運命』もある。カラヤンとベルリン・フィルの『運命』(70年代)もある。さらに、カルロス・クライバーとウィーン・フィルの『運命』もある。じつは、この3枚の『運命』は大学生の時に既に比較済みだ。オレが出した結論は、迫力でいったらカラヤン、構成力でいったらクライバー、弦のキレでいったらオザワ、といったところだ。つまり、どの演奏も見所があるというわけだ。ただ、サイトウ・キネンの『運命』の弦のキレは本当に素晴らしいぜ。


 


サイトウ・キネンの『幻想交響曲』にあまりにも魅せられたので、今回は「ベートーヴェン交響曲第3番『英雄』」と「ベートーヴェン交響曲第6番『田園』」と、「ベートーヴェン交響曲第9番『合唱』」を期待して買ってみた。この3つの曲についても、他の指揮者とオケが演奏したCDを既に何枚か持っている。だからこそあえて同じ曲のやつを買って、そしてまた比較してみた。


 


結果。『田園』はまあ大目に見るとして、オザワとサイトウ・キネンの第九(『合唱』)はクソだった。せっかくハイブリッドCDのやつを買ったのに、演奏がこれではガックリだ。まず録音が下手くそだ。マイクの位置をどうにかしろ。そして肝心の演奏だが、オザワの第九は全体を通してスローである(『運命』は逆にかなり早いのだが)。さらに、1フレーズがあまりにも間延びしすぎだ。しかし、もっとも気に食わなかったのは、演奏全体を通じたこの「迫力のなさ」と、第4楽章の「合唱のしょぼさ」だ。第九にとってそれは致命的である。


 


第九の人類史上最高の演奏は、間違いなく、文句なしで、ヘルベルト・フォン・カラヤンとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の60年代(正確には1963年)の演奏だ。


 


このコンビは何度も第九の録音を行い、実際何枚もCDが出ている。しかし、70年代、80年代のやつは、決して悪くはないが(オザワとサイトウ・キネンのよりかは何倍もマシ)、この60年代のカラヤンの第九に比べると相当聞き劣りしてしまう。70年代、80年代のカラヤンとベルリン・フィルの第九がダメなのではなくて、60年代のこの第九の演奏が、あまりにも奇跡的だという、ただそれだけのことだ。


 


60年代のやつじゃないと絶対にダメだ。オレはこの演奏のCDをステレオ版とハイブリッドCD版の2枚持っている。最近買ったこのハイブリッド版はとくにスゴイ(ステレオ版でも十分にスゴイ!)。悪いけど、鳥肌立つよ。


 


でも、その話はまた次回。


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2007.09.12 Wed
旅するポエム⑥


ぼくはモーツァルト



あのひとが ぼくを丸くしようとするので
ぼくは とがっていびつな
そのままのかたちでいようと思った

そのひとが ぼくをつかまえようとするので
ぼくは 大空へ飛んでゆく

風に こんばんは
飛行機に さようなら
太陽に こんにちは
ジュピターに おはよう


みんな!
ぼくを つかまえられるもんなら
つかまえてみな


 


2000517日 2学大教室にて


 *上の写真は、『サイトウ・キネン・フェスティバル松本』が開催された松本市。


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2007.09.11 Tue
『サイトウ・キネン・フェスティバル松本』②


オザワの「幻想交響曲」は「神」だった。それがオレの出した結論だ。「すごい」のではない。「やばい」のでもない。そんなコトバじゃあの演奏を形容することはできない。「神」なのだ。「神」だった・・・あの演奏は。


 


ベルリオーズの「幻想交響曲」はオレの好きな曲のひとつ(注2)で、オレはすでにそのCDを2枚もっており、その上スコア(楽譜)も持っている。ひとつはシャルル・ミュンシュ(小澤征爾が初めて弟子入りした指揮者)とパリ管弦楽団のやつで、もうひとつはクラウディオ・アバド(元ベルリンフィル常任指揮者)とシカゴ交響楽団のやつだ。両方とも「幻想交響曲」の最高傑作と呼ばれている。ミュンシュの方はとくに。


 


しかし・・・、それでもオザワの「幻想交響曲」は「神」だった。「サイトウ・キネン・オーケストラ」とはこんなにも凄いのか・・・と思った。たしかに、生で聴いたから、というのはある。だが・・・とにかく「神」だった。「幻想交響曲」を指揮するときのオザワは、まさに鬼神である(注3)。見ればわかる。オレはオペラグラスで見ていて、その姿に目を釘付けにされた。


 


オザワの神がかった全身全霊の指揮に対し、バイオリンの弦が一糸乱れることなく一斉に同じ動きをし、そして何もない空間にその音が刻み込まれる。その瞬間は限りなく荘厳だ。その音は2階席を含むホール全体を轟かした。オレは全身全霊に鳥肌が立った。「神」と合一する瞬間だった。そして奇跡的なカタルシス・・・。


 


オザワはベルリオーズを演奏しているのではなかった。


オザワはその時まさにベルリオーズだったのだ。


 


オザワが手を止め、オケが音をすべて出しきった瞬間、疾風怒濤の拍手の嵐・・・「ブラボー!!!」の叫び声・・・そしてスタンディング・オベーション。拍手の嵐はその先も鳴り止むことはなかった。


 


オザワの「幻想交響曲」は世界一だ。





(注1)      オレが一番好きなのはモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」だ。ちなみに、オレは「ジュピター」のCDを5枚もっている。同じ曲のをである。当然のことながら、同じ曲でも指揮者とオケによって「まったく」違った曲になる。音楽を知らない奴にいくら云っても無駄だろうけど。「ジュピター」で一番のお気に入りは、ブルーノ・ワルターとコロンビア交響楽団(ソニー)のやつだ。


                      


(注2)      もともとラヴェルやベルリオーズは、オザワの得意な曲である。ちなみに、モーツァルトはあまり上手くない。ウィーンでも批判を喰らった。オレも実際に聞いたけど、確かにあんまりだった。



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2007.09.10 Mon
『サイトウ・キネン・フェスティバル松本』①

 


『サイトウ・キネン・フェスティバル松本』の最終日(9月9日(日))に「参加」してきた。オレがクラシックに魅せられた中学生の頃、『サイトウキネン』は始まった。そして今回が、オレにとって念願の『サイトウキネン』だった。


 


『サイトウ・キネン・フェスティバル松本』は、毎年8月、9月の約3週間にわたって長野県松本市で開催される音楽祭である。指揮者は小澤征爾。演奏は、桐朋学園で教鞭をとっていた齋藤秀雄に師事した音楽家たちを中心に、フェスティバルのために「臨時で」編成された「サイトウ・キネン・オーケストラ」。これまでに世界各国からの招待を受けおてり、特にその弦楽は世界最高峰とも云われている(注1)。


 


メンバーには、新日本フィルや読売日響、N響や都響など日本を代表するオケのメンバーに加え、ベルリンフィルやウィーンフィルといった世界最高のオケのメンバーも(信じられない!)参加している。そして何度も云うが、指揮は世界の「マエストロ」で、現ウィーン国立歌劇場音楽監督の「セイジ・オザワ」だ。まさにオールスター。






当然チケットを入手するのは至難の業。販売開始30分以内に売り切れる。というよりオレ自身、販売スタート前に何度もスタンバっているのだが、電話やインターネットにつながった試しがない。正規の手段で入手するのは、ほぼ不可能にちかい。そこでネットオークション。ライバル(14人)に競り勝ち、念願のチケットげっと!「Bプログラム」のA席で、当然ながら通常よりも高くついてしまった(通常、A席:18000円)。


 


会場の松本文化会館は、北アルプスに囲まれたみどり豊かなところにある。来場者は年配の女性が多かった。ロビーにはワインのサービスがあった。大ホールは急な勾配を描いて2階席に繋がっており、オレは2階席の9列目の9番だった。


 


プログラムは、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」、アンリ・デュテイユーの「神秘の瞬間」と「LE TEMPS L’HORLOGE」、そしてベルリオーズの「幻想交響曲」。



 


(注1)      サイトウ・キネン・オケのCDは2枚持っているが、その演奏の迫力は凄まじいものがある。とくにベートーベンの「運命」。個人的にはカラヤンとベルリンフィルの「運命」より数段いいと思う。


 


(次回につづく)


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