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追越ノート―「ここ」から世界へ
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プロフィール

TAKESHI

Author:TAKESHI
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「 2007年04月 」 の記事一覧
2007.04.28 Sat
シャトルの周辺



メリダに戻ってきてから、再びバドミントンがスタートした。いまは毎日朝晩バドミントン漬け。合計1日5時間くらい体育館でバドしてる。やっぱりオレは、宙を美しく飛び交うシャトル(羽根)が好きなんだと思う。


 


毎晩9時半ころ練習を終えてウチへ帰る。体重計にのると、毎回1kgから2kgくらい体重が落ちている。そして体脂肪率は今日なんと、7%だった。中田英寿の全盛期が8%だったというから、今日それを超えたことになる。ムダな脂肪がすっかりそぎ落とされ、からだ全体の筋肉が引き締まってきているのが自分でもよくわかる。とくに背筋と足の筋肉がいい具合に付いてきている。バドミントンに適した体型が出来上がってきている証拠だ。


 


競技としてのバドミントンを知らない人は意外に多いのではないだろうか。よく外で見かける、ポーン!・・・ポーン!・・・っていうやつ。あれは「バトミントン」だ。競技としての「バドミントン」は、それとはまったく違う。バドミントンは体育館でしか行なわない。いちど試合を観て、そして実際にプレーしてみたらきっとわかるだろう。バドミントンがどんなスポーツであるか。ここでちょっとだけ紹介してみたい。


 


バドミントンは、全てのスポーツの中でトライアスロン(鉄人競技)に次いでもっとも激しいスポーツである。「激しい」というのは、短期間に消費する肺活量がもっとも多いということ。そして、瞬発力と持久力の2つを高いレベルで必要とする。サッカーやラグビーはもとより、バスケットボールよりも激しいスポーツといわれる所以はそこにある。1試合おわってぶっ倒れたくなることなんてしばしばだ。


 


バドミントンは、全ての球技(バドも球技に分類される)の中で打球の初速が最も速い。ギネスブックにも認定されている。男子のトップアスリートで時速350km以上に達する。もっとも、シャトルは相手のコートに届くまでに空気抵抗を受けて急激に失速する。初速と終速の差が著しいのも、他のスポーツにはないバドの特徴である。


 


バドミントンの一番の特徴は、やはり羽根(シャトル)だろう。競技用のシャトルは、ガチョウ(またはアヒル)の羽とコルクによって作られる。そしてこの羽根が、高価な上にかなりの消耗品なのだ。1ラリーで壊れてしまうこともしょっちゅうある。もともとバドミントンはイギリスで始まった紳士淑女の遊戯(バドミントン伯爵の宮殿で始まった)。つまりは上流階級の嗜みであったわけで、いまでも贅沢なスポーツであるといえるだろう。


 


ナイロン製のシャトルもある。こっちの方が安くて、しかも羽根のように壊れないから耐久性がある。ここユカタン州(あるいはメキシコ全土!?)では、ナイロン製のやつを公式のシャトルとして使っている。やはり水鳥の羽根は高価なのだ。


 


バドミントンはテニスと似ているようでまったく違う。テニスと違って「上の空間」を立体的に使えるため、ショットの種類がテニスよりも多彩なのだ。しかもラリー中、テニスの何倍もスピーディーな瞬間があると思えば、テニスの何倍もスローな瞬間もある。つまり、ショットが多彩である分、ラリーも変化に富んでいるのである。


 


バドミントンは、頭を使うスポーツである。すべからくスポーツは全て、頭を使わないより使った方が有利なのは明らかだが、バドミントンにおいてはその比重がとくに大きい。というのも、やはりショットが多彩であるため、ショットの選択肢の幅が広いからである。どのショットを選択して、どのようにラリー(または試合)を組み立てていくのか、それを瞬時に考えそして判断することがつねに求められている。


 


また、対戦相手同士に実力差がある程度あると、一方はもう立ち上がれないくらいに振り回されてクタクタなのに、相手はこれっぽっちも息が乱れていない、といった試合になることがよくある。


 


おもふに、こんなに変幻自在かつアクロバティックで華麗なスポーツは他にない。汗が滝のように体から吹き出し、Tシャツが絞れるくらいになるのだから、フトる余地もないだろう。


 


あ、それと今こっちは日中40℃以上です。


 


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2007.04.26 Thu
メリダの食卓②


コチニータ・ピビルとフリホールスープの組み合わせ。コチニータ・ピビルについては、以前の記事で紹介しました。ユカタン料理を代表するメニューです。フリホール(黒豆)もユカタンではおなじみ。カリブ海沿岸の国々の食卓にフリホールは欠かせません。キューバやドミニカ共和国もしかり。そして、お皿の端にのっかっているのがトルティージャ。ここメキシコでは、あらゆる料理にトルティージャは欠かせません。いつもトルティージャと一緒に食べる。タコスしかり。日本でいうご飯のようなものでしょう。あったかい蒸したてのトルティージャに、コチニータとライスを手で包んで口にもっていきます。まさに至福の瞬間です。

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2007.04.25 Wed
メリダの食卓


レストランで食事すると、まず挨拶がわりに食卓に出されるのが、上の写真のぱりぱりドンタコス!その上に、サルサ・メヒカーナと呼ばれるほどよく酸味の利いたサルサをのっけて食べます。このサルサが(店によって違いはあるけど)絶妙の味付けで、しかもドンタコスも一口サイズであるため、ついつい食がすすんでしまいます。メインの料理が来るころにはすでに腹八分、というのがしばしばでした。

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2007.04.25 Wed
メリダの友人


左からルイスのお父さん、チーニ(アドリアーナ)、ルイスです。日曜日のお昼時にルイスのウチへ行くと、メシを出してくれます。だから、いつもお昼時に彼のウチに行くのです(笑)彼のお母さんがとても親切な人で、いつもオレをあたたかく迎えてくれます。今週の水曜日はチーニの誕生日で、次の日の木曜日はルイスのお父さんの誕生日です。

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2007.04.24 Tue
メキシコの野球



ここメキシコでは、サッカーほどではないが、野球も盛んに行なわれている。去年のWBC(ワールドベースボールクラシック)で、日本と同じグループだったメキシコが、グループ最終試合でアメリカを破り、そのおかげで日本が決勝トーナメント進出を果たした出来事はまだ記憶に新しい。


 


プロ野球のメキシカンリーグは、各州の対抗試合となる。ちなみに、メキシコは31の州と連邦特別区(メキシコシティ)から成る。そのような混戦の中から昨シーズン優勝を果たしたのが、ユカタン州代表でここメリダを本拠地とする「レオネス」(日本語で云う「ライオンズ」)だ。ちょうどオレがメリダにやってきてまもなく、レオネスの優勝が決定し、パレードが市街地で行なわれた。



この前の土曜、オレと友人のルイスと恋人のチーニと彼の親父の4人で、メリダのナワンギップ球場にレオネスの試合を観にいった。対戦相手は、オアハカ州代表のティグレス(日本語で云うタイガース)。オレたちは内野席2階で観戦して35ペソ(約350円)。ちなみに、バックネット裏がもっとも高い95ペソ(約950円)で、外野席はなんとタダ!そしてこの球場は、外野席の上下の幅がとても狭いのが特徴。



試合は、先行のティグレスが4点を先制する一方的な展開。しかーし!5回の裏にレオネスの猛反撃。な、なんと!11点を取って大逆転。観客もちょースゴイ盛り上がり。こっちの野球では、試合中にポップやロックの音楽が流れるため、踊りだす人もちらほら。



しかし、7回の表にティグレスが5点を入れて、11-9の接戦となる。そして!その裏のレオネスの攻撃の時に、ついに乱闘!デッドボールで乱闘!!オレの大好きな乱闘!!!観客からはちょーブーイング!ブー!ブー!!そして相手のピッチャーは危険球で退場!またまたその選手に対しものすごい野次が飛び、ビール瓶を投げる奴もいた。試合は一時中断し、マウンド上で両チームの選手や監督らがしばらくこ競り合っていた。



結局、試合は13-9でレオネスが勝った。波乱万丈見所もり沢山の試合だった。スタジアムに来た甲斐があった。ひとつ驚いたのは、内野席1階と外野席の観客が、試合が終了した途端に一斉にグラウンドに下りていって、選手たちと握手したりしていたこと。しまいには、そこでキャッチボールを始める奴らもいた。こっちでは、プロ野球の選手と観客とがきわめてオープンな関係なんだと思った。



観客席から望むメリダの夜景がとっても美しかった・・・。野球はやっぱり野外だね。ドームはダメです。




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2007.04.20 Fri
メリダの孔雀


なんと、ウチの中庭には孔雀(くじゃく)が2匹いる。1匹はオスで1匹はメス。オレが朝起きてドアを開けると、ながーい羽をしっかりとたたんでポツンとたたずんでいるのだ。


大きくて美しい羽を持つのがオスなんだって。そんでもって、オスが羽を広げるときは、メスに求愛するときなんだらしい。


たまぁにパッと見ると、大きな羽を全開にしているときがある。でも、絶対に羽を全開にしたまま、人に向き合ってはくれないのだ。いつも後を向かれてしまう・・・。見たいのに・・・。


上の写真は、カーテンの隙間からの隠し撮りです。

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2007.04.19 Thu
さすらいのダイバー


イスラ・ムヘーレスでダイビングをした。「Coral Scuba Dive」というダイブショップで手続きをした。カンクンはもとより、イスラ・ムヘーレスにもダイブショップはたくさんある。


 


なんとこのダイブショップには、マキコさん(仲間からは「マキ」と呼ばれていた)という、ダイブマスターの日本人の女性がスタッフの一員として働いている。とはいっても、インストラクターではないため、お金にはほとんどならない。お客の面倒を見ながら、毎日タダで何本もダイブできるというのが、一番の利点だという。


 


マキコさんは、世界の海を股にかける「さすらいのダイバー」。社会人の時に伊豆でオープンウォーターの資格を取ったのを皮切りに、インド洋のモルジブや、中東の紅海、アフリカのモザンビーク、日本の沖縄、カリブ海のベリーズ、その他多数の海でダイブしているベテランなのだ。総ダイブ数も、200以上。


 


そんでもって、今回オレは2ダイブしたわけなんだけど、どちらも水深12メートルくらいの比較的浅いスポットだった。水深5メートルでの安全停止が必要ないくらいのね。いわゆる、リーフダイブってやつ。


 


でもさすがカリブ海で、水は抜群に澄み切っていたし、リーフには面白い形をしたサンゴがたくさん棲みついているし、水族館で見かけるような鮮明色をもった熱帯魚が目のまえを群れで通りかかったりするし、海の中には正真正銘の別世界が存在している!しかも、オレたち人間が住む地上以上に、その世界は果てしなく深くそして広大なのだ。


 


ダイビングを始めて本当によかったと思う。それは、別に価値観が大きく変わったとかそういうわけじゃないけれど、ダイビングは海とより親密になれるすばらしいスポーツだと思うから。それに、ダイビングを通じて知り合う人も格別。ダイバーはいつも、さわやかで清々しい奴らばかりだ。しかも、年齢に関係なく、一生を通じて楽しめるスポーツだしね。間違いなく、ダイビングはオレのライフワークです。これからも色んな海で潜って、世界中の海と親密になりたい!


 


ところで今回は、巨大なエイと遭遇することができた。全長2メートルくらいの。オレのバディだったマキコさんも、「毎日潜ってるけど、あんな大きなエイを見たのは初めて」と云っていた。その他には、パロットフィッシュやフレンチエンゼルフィッシュなどの熱帯魚がたくさん泳いでいたし、岩礁の下に隠れるロブスターにも出会った。ひとり堂々と水中に静止する大きなバラクーダや、臆病そうに海底にたたずむナースシャークっていうサメにも出会った。


 


そして次は、ディープダイブ(深海ダイブ)がしたい。日本に帰る前に、もう一度コスメル島へ行って、あの静謐なグラン・ブルーを再び・・・


 


 P.S.:日本では、いよいよゴールデンウィークが近づいてきました。そこで、メリダやカンクンをはじめとして、ユカタン半島へ行ってみたい!という人がいましたら、ぜひ私に声をかけてください(ブログ上またはメールにて)。お好みに合わせてある程度ガイドできると思いますし、何よりもグルメな料理やスポットをたくさん紹介できます。スペイン語が苦手な方もAnything OKです。よろぴく!




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2007.04.17 Tue
Sin Palabra・・・


いったい、カンクンの海をどう形容できるというのだろう。世界でもっとも美しいビーチと讃えられるその海を前にして、オレはコトバを失ってしまった。スペイン語では、コトバにならないくらいの圧倒的な美しさを前にしたとき、「シン・パラブラ」(Sin Palabra)という感嘆の表現を使う。カンクンの海は、まさにその「シン・パラブラ」だった。


 


カンクンのビーチエリアには、エメラルドグリーンとコバルトブルーのまるで「ウソ」のような海が広がっている。その上、太陽の陽射しがまっ白な砂浜にキラキラと反射して、この上ない明るさをつくり出している。


 


ヘミングウェイの『老人と海』にたしかこんな一節があった。「海」はスペイン語で「エル・マル(el mar)」という男性名詞なのだが、キューバ人は時おり「ラ・マル(la mar)」という女性名詞で呼ぶのだという。それは、「海」が男性のような力強さと荒々しさを象徴しているのと同時に、一方で女性のような美しさと豊穣さをみせるからに他ならないだろう。そしてカンクンの海は、正に「ラ・マル」であるとオレは思う。「ウソ」のような美しさで人の心を魅惑し、しかし手なずけられることを絶対に許さない、そんな、人を裏切る海であるように思う。


 


お昼時にカンクンに到着し、そこからすぐにイスラ・ムヘーレスへ向かった。カンクンから船で所要30分のところにある小さな島である。イスラ・ムヘーレスとはスペイン語で「女の島」という意味だが、別にトップレスビーチのパラダイスというわけではない。だが、カンクンとは違って街にはのんびりとした雰囲気が漂い、物価もカンクンよりいくらか安い。その日はそこの海で思う存分に泳ぎまくり、夜はビーチ沿いのレストランで海産物の美味い料理を食らい、そして次の日はスキューバダイビングをした。


 


2日目の夜は、カンクンの超高級ホテルゾーンにある、「ココ・ボンゴ(Coco Bongo)」という、カンクンでもっとも人気が高くて有名なディスコで、翌朝まで踊り狂ってフィーバーした。夜の11時にディスコはオープンするのだが、すでにその時点でディズニーランドなみの行列ができている人気ぶり。チケットは50ドル。ビール、カクテル飲み放題。ディスコの中は身動きができないくらいに人が詰め込まれ、バーカウンターにも上って踊りまくっている始末。まさに半狂乱状態。


 


そしてなんといってもこのディスコの醍醐味は、お客を巻きこんだサーカスのようなスペクタクルショーがゲリラ的に催されるところ。スパイダーマンやバットマンの闘いが、中央の踊り場でいきなり始まったりした。その闘いに、会場のみんなはものすごい熱狂ぶり。「正義の味方」が「悪いやつ」にやられているときは、みんなからチョーブーイングがとぶ。これって、メキシコで有名なルチャリブレ(プロレス)だよねって思った。そして最後は必ず「正義の味方」が勝つ。そこでまた、会場の盛り上がりは一段とヒートアップ。


 


みんなはじめて出会った人と無差別にキスしまくったり、バーテンダーも仕事を忘れて踊りまくったり、DJは超一流だしで、サイコーの盛り上がり。カンクンの熱い夜は終わらない・・・!




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2007.04.09 Mon
ドン・アルフォンソの邸宅



いま、アルフォンソ氏の邸宅にホームステイさせてもらっている。何坪かはよくわからないが、縦横で約300m×300mの敷地である。広い庭には、大きなプールと野外炊事場がある。また、庭のあちこちには、ココナッツやバナナ、マーメイド、グレープフルーツなどの熱帯のくだもの木がたくさん植えてある。だから、くだものはスーパーで買わずに、すべて自身の庭で調達している。


 


部屋は全部でいくつあるのかわからないが、10部屋以上はあるだろう。アルフォンソ氏と奥さんの寝室には、大スクリーンのテレビが設置されている。ウチ全体としては、ドアがおおく、建物の中心部に曲線を入れるなど、かなり凝った設計をしている。曲線でかたちどられた中心部は中庭となっていて、そこには小さな池があり、熱帯の植物がきれいに植えられている。小さい池には赤と黒の小さな金魚がたくさんおり、赤やピンクのハイビスカスが中庭にひと筋の光彩をもたらしている。巧みなウチである。一言で云えば、芸術性に富んでいる。


 


この邸宅は、アルフォンソ氏の息子のマリオがすべて設計した。彼は、ユカタン自治大学建築学部の学生である(今年の6月卒業)。壁をひとつ隔てたオレの隣の部屋にいる。長身で礼節をわきまえた紳士な青年だ。オレの部屋は、30畳くらいあるだろうか。大きなベッドが3つある。大きなテレビ一台と、SKYパーフェクトが付いている。しかも、建物全体に無線ランが走っているため、インターネットもやり放題。壁には絵画が20コほど飾られている。


 


SKYパーフェクトがあるため、プレミアリーグやリーガ・エスパニョーラのサッカーの試合が見放題である。そのほか、セリエAやブンデスリーガ、オランダリーグの試合もやっている。きのうは、バルサVSサラゴサの試合を観た。サラゴサが1-0で勝った。サラゴサは、アルゼンチンのアイマールやダレッサンドロが活躍していた。


 


きょうは、仕方なくNHKを見てみた。地方統一選挙の特集をやっていた。無所属の立候補が躍進をみせたとかそんなことはどうでもいいとして、選挙活動の時に「-です。よろしくお願いします」「ありがとうございます」と云って、有権者にただひたすら握手をしてまわる、どれも同じような立候補者に、かなりの違和感と不信感をおぼえた。顔と名前を売ることだけに奔走する、ちゃらい芸能活動のようにみえた。まるで「劇」である。とても「政治」活動を行なっているようにはみえなかった。


 


あんな奴らが地方の政治を動かすのか・・・と思うと憂鬱になってくる。そもそも日本の政治は、あれはいったい何なのだろう。具体的な見解や政策を選挙活動の時に述べている人は、ほぼ皆無に等しいのではないだろうか。「いまこそ-県の政治を変えようではありませんか!」とか「住みよい町に!」とか「格差のない社会にしましょう!」とか、キャッチフレーズ的なことしか云っていないのである。しかもそれらのコトバは既に手垢にまみれているため、コトバにまったく重みが感じられない。


 


何が云いたいのかというと、「あいまい」なのである。「住みよい町」や「格差のない社会」にするために、ではいったい具体的にどうしたいのか、という肝心なところが、ただひたすらの「愛想笑い」と「握手」によってうやむやにされている気がする。


 


当選してバンザイ三唱するのも馬鹿らしいが、そんな立候補者のただひたすらの「愛想笑い」と「握手」に喜んで反応する日本の有権者の人たちもかなり滑稽にみえた。劇も劇なら、それを支える観衆も観衆である。


 


「キャッチフレーズ」と「愛想笑い」と「握手」と「バンザイ三唱」をしなければ、日本では当選しないのだろうか。だとすれば、日本も終わりである。たしかにそれらは政治の一部ではある。しかし、それらで国や地方の政治を動かすことはできない。グローバル化の波が世界に浸透し、緊縮財政を執らざるをえない現代、そうした「あいまい」なものをできるだけ排除して「具体性」を厳しく追及していかないかぎり、日本の政治は一向に変わらないし、日本の社会も低迷しつづける一方だろう。


 


日本の選挙活動は、いまのオレの目に、かなり異様で不可解な光景として映った。立候補者のみならず、大多数の有権者もふくめて。腐敗と汚職に満ちたラテンアメリカの政治が良いとは思わないが、そうした劣悪な行政に対して暴力的なデモを繰り広げている彼らの方が、政治としてはまだ健全なのではないかと思った。


 


ともあれ、オレはいまからココナッツを丸ごと食うことにする。あしたはカンクンだから早く寝よっと。




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2007.04.08 Sun
Querida Merida

 


オレがパラグアイを発つ前日、カアグアス県で日本人が誘拐された。日本でもおそらくニュースになっていると思う。日本では信じられないことかもしれないが、ここパラグアイ、あるいは南米では、誘拐は日常的に起きている。数年前には、元副大統領の娘が誘拐され、その後死体で見つかっている。


               


とにもかくにも、パラグアイを後にしたオレは、アルゼンチンのブエノスアイレスへと飛んだ。当初の予定では、そこからメキシコシティへ飛ぶはずだったのだが、なんとその便がキャンセルとなってしまった。そこで急きょ帰路が変更され、ブエノスからチリのサンティアゴ、サンティアゴからメキシコシティという行程になった。そこはさすが、世界のランチリ航空だけあって、手続きはスムーズにいった。


 


メキシコシティに着いたのは、夜の10時近くだった。その日は空港で寝て、次の日の早朝、メリダへ飛行機で飛んだ。久しぶりのメリダ。ユカタン半島のメリダ上空は、緑のジャングルで覆われていた。空港に降り立ったとたん、トロピカルな雰囲気がオレの体を包んだ。


 


空港からメリダの市街地へ向かう。しだいに低くて美しい街並みが前方に広がってくる。「白い街」と呼ばれるメリダである。湿気をふんだんに含んだ熱帯の空気に触れて、体中の皮膚の細胞が甦るようだった。


 


メリダに到着したその日は、ルイスのウチにお世話になった。ルイスはバドミントン仲間で、今回パラグアイに旅立つにあたって、前の住居を引きあげてルイスのウチにオレの荷物をすべて置かせてもらっていた。


 


その日とその翌日は、住居探しに奔走した。オレにはセントロ(中心街)に住みたいという希望があった。独特の雰囲気をもった歴史的な街並みが好きだったからだ。そしていろいろな物件をあたってみたのだが、家賃が高かったり、設備が不十分だったりして、納得のいく物件を見つけることはできなかった。


 


途方にくれていたとき、これまたバドミントン仲間のアルフォンソ氏が、彼のウチの部屋を提供してくれるという。さっそくルイスと一緒に見にいってみたところ、このウチが超すごい!即そこに住むことを決定した。そのウチについては、また後日ブログにて紹介したいと思う。ただひとつ云えるのは、まるでイチローやハリウッドスターの豪邸であるということ。


 


住居を決定したその日に、元パラグアイ協力隊員のアッキーさん(16年度3次隊:野菜)が、パラグアイでの任期を終えて日本に帰る途中の帰路変で、メリダに到着した。その日の夜にソカロ(中心広場)で会い、一緒にゴハンを食べた。


 


その日彼女が食べたのは、ユカタン料理のコチニータ・ピビル。唐辛子、酢、アチョテで豚肉を煮込み、バナナの葉に包んで石蒸しにした料理で、おなじみのトルティージャに包んで食べる。それと、郷土ビールのモンテホ。そしてオレが食べたのは、ソパ・デ・リマという、鶏肉とライム果汁をベースにした酸味の利いたスープ。それと、オルチャタという、米をベースにしたユカタンの飲み物である。


 


夜のメリダは、街全体にオレンジ色の街灯が点り、歴史的な街並みにロマンチックな雰囲気を醸しだしていた。バラを売る人がいて、マリアッチの演奏する音楽が快く耳に入ってきて、馬車が時おり石畳をカッポカッポと通り過ぎてゆく。食欲も満たされ、至福のときを迎える。いよいよメリダに帰ってきた。ここから再び新しい自分が始まる。そんな思いをやさしくかみしめていた。美しき熱帯のメリダ・・・。


 


ちょうどオレがメリダに到着した次の日(木曜日)からセマーナ・サンタ(聖週間)が始まっていて、カテドラル(大聖堂)に人が集まり、ソカロは人でにぎわい、売店やフォルクローレや大道芸がわんさかと催されている。そこで昨日の夜、パラグアイのポルカ「パハロ・カンパーナ」の演奏を偶然耳にし、2人で感動していた。


 


アッキーさんは1週間ほどメリダに滞在する。そしてオレたちは、月曜日にカンクンへ行く。エメラルドグリーンとコバルトブルーのカリブ海が、もうすぐそこにある。




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2007.04.02 Mon
¡Adios Paraguay!



数日前、イタグアのパパがスペインへ行ってしまった。


あした、オレはメキシコへ行く。


 


1週間ほど前、かつての任地だったチャコのマリスカル・エスティガリビアに行ってきた。幹線道路にオレンジ色の街灯が立ち並び、市役所は違う政党に変わって、職員は一新されていた。オレが活動していた障害者学校の敷地の家庭菜園は、寒冷紗が取り払われていた。


 


おととい、パラグアイ人で唯一親友と呼べるベルナルドと、彼のウチでテキーラを飲んだ。オレがメキシコ土産にプレゼントしたやつだ。彼と会うといつも必ず政治の話になる。彼が実際、積極的に政治に関わっているからでもある。


 


スペインに出稼ぎに行く人が年々急増している。お隣のボリビアもそうである。だからいま、スペイン政府はビザを設けるなどして入国を規制し始めている。


 


国内ではデング熱が大流行し、死者も何人かでた。都市の治安は年々悪化し、セントロ(中心街)の空洞化が始まり、ストリートチルドレンは増える一方である。


 


2年経って再びこの国に帰ってきて、たった2年のうちにいろいろなものが変わっていた。あのとき小さかったやつは背がグンッと大きくなっていて、あのとき若々しかったやつはすっかり大人になっていた。バスの値段が上がり、肉と石油の値段が急騰し、ドルの価値は下がっていた。


 


いろいろなものが変わってしまった。そしてこれからも変わりつづけるだろう。変わりつづけて一体どうなるのだろう。ただはっきりしているのは、過去に戻ることができない以上、先へすすむしかないということだ。


 


過去を捨てないかぎり、先へはすすめない。


そしてオレは、上手な過去の捨て方をしらない。


 


きっと、上手なアディオスを云えぬまま、あしたオレはこの国をあとにするだろう。


それでもやはり前へすすむしかないのだと・・・胸の奥でくりかえしながら。




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2007.04.02 Mon
南米蹴球記-熱狂編



パラグアイの名門クラブ、オリンピアの現在の監督が誰であるか知っているだろうか(サッカーに興味のない人はゴメンナサイ)。元パラグアイ代表FWのホセ・“ペペ”・カルドーソである。彼は現役時代、FWとしては、正真正銘のストライカーだった。メキシコの強豪パチューカでプレーし、得点王を何度も奪い取った。メキシコでカルドーソのことを知らない人はいない。


 


しかし、彼は指導者としての経験はまったくない。したがって、今年のオリンピアの成績は散々である。6試合終了した時点で、1勝しかしていない。しかも、はやくもカルドーソは今期かぎりで監督を引退することを表明している。


 


ところで、パラグアイの国内リーグは、セロ・ポルテーニョが驀進中である。通称「Ciclon(サイクロン)」と呼ばれるだけあって、疾風怒濤の勢いである。セロは、かつて日本の廣山望選手が在籍していたチーム。オレは3月28日にセロVSリベルタの試合を観にいった。試合会場は、セロのスタジアム「Olla(オジャ)」である。


 


リベルタは、昨年度のパラグアイリーグ優勝チーム。スタジアムでは、ゴール後方のスタンドにセロのファナティコ(熱狂的サポーター)が早くから陣取って、スタジアムを熱くしていた。オレはもちろんセロのユニフォームを着て、プレフェレンシアと呼ばれる、ピッチサイドの優先席で試合に参加した。


 


試合は拮抗する展開となった。前半は0-0で終了。後半に入ってセロが豪快に先制点を奪った。しかし、そのあとすぐにリベルタがヘディングでゴールを決め、1-1の同点。試合終了間際まで、リベルタの猛攻がつづいた。この試合、セロは引き分けでもよかった。しかし、リベルタは何とかして勝ってセロに勝ち点で迫りたい。いよいよロスタイムに入って、みんな「これで終わりだな」と思っていたころ、なんと試合終了1分前に、リベルタの選手が放ったロングループシュートが、キーパーの頭上をゆっくり越えて、ゴールネットをパサリと揺らしてしまった。


 


数少ないリベルタのサポーターは、ものすごい熱狂ぶりをみせる。しかし、セロの側から、いまのはオフサイドではないかという抗議が入り、試合は一時中断。なんとセロの監督は、審判に怒って文句を云いながらピッチを出ていってしまった。そのあとすぐに試合終了のホイッスルが鳴り、乱闘開始!セロの選手やコーチが審判に殴りかかった。そしてすかさず、警察と機動隊が出動。スタンドの観客の怒りもピークに達した。四方八方からペットボトルなどのゴミやモノがたくさん飛んできた。サポーターの大声の野次がいたるところでこだました。


 


スタジアム裏では、セロのサポーター同士で殴り合いの喧嘩が始まっていた。そして、そこを通りかかったセロの首脳陣をセロのサポーターが取り囲み、怒涛の野次と抗議の嵐を喰らわせる。一方で、新聞記者などのマスコミが、サポーターの収まり切れない怒りを決死の覚悟でインタビューしていた。そしてオレは、そんな地獄絵巻のような光景を、ただひたすらニコンのデジカメで録画していた。


 


とまあ、南米のサッカー事情はこんな感じである。サッカーは人生のすべて、という人がこの国のみならず、ここ南米にはたくさんいる。彼らは、自分の愛するクラブに、文字どおり「すべて」を賭けている。彼らはサッカーの試合を観戦しているのではなく、すでにそれに「参加」しているのだ。そして、オレはそんな連中が大好きである。


 


願わくば、この身を燃え尽くし、真っ白な灰にしてしまうような、そんなパルティード(試合)に参加したい。オレはいつもそんなのを求めている。




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