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追越ノート―「ここ」から世界へ
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プロフィール

TAKESHI

Author:TAKESHI
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「 2006年12月 」 の記事一覧
2006.12.27 Wed
暑くて熱いクリスマス!


イタグアの家族と一緒にクリスマスを迎えるのはこれで3回目だった。


 


イタグア(Itauguá)は、オレにとって一生忘れることのできない、パラグアイでもっとも親しみのある街のひとつである。そしてそこは、オレの「ふるさと」でもある。


 


アスンシオンからバスで約40分のところに位置するイタグアは、「ニャンドゥティ」(グアラニー語で「くもの巣」の意)と呼ばれる伝統刺繍品の産地で有名な街であり、「12 de Octubre」というサッカークラブ(1部)を擁する街である。そして、青年海外協力隊パラグアイ隊員が現地語学訓練(任国到着後1ヶ月)をおこなう街でもある。


 


この国の隊員は、空港に到着してすぐにバスでイタグアへとつれていかれ、各隊員はあらかじめ決められているホームステイ先で下ろされる。このめまぐるしい展開に当初とまどう隊員はかなりいる。オレもその一人だった。まったく見知らぬ国、まったく見知らぬ街、まったく見知らぬ家族、まったく見知らぬ文化、拙いスペイン語・・・そうやって隊員の活動は始まる。一晩寝て、次の朝目覚めたとき、その「現実」を思い知る。「・・・来てしまった」と。2002年の12月のことだった。


 


一人っ子だったオレに、大家族のやかましさとやさしさを教えてくれたのはイタグアの家族だった。


 


オレのイタグアの家族は、パパとママと、5人の兄弟から成る。パパは相変わらずチョー元気で冗談ばかり云っていた。ママはいつもオレをやさしく迎えてくれる。長男のドミンゴは、いまコンセプシオン市(アスンから約6時間の北東の町)ではたらいていてイタグアにはいなかった。次男のデルリス(通称「チキ」)は、またひとつ大人になって、いまは現隊員の女の子とつきあっている。長女のデイシーはアスンシオンの大学で医学を勉強中。「毎日忙しかったから、夏休みはたくさん眠るの」と云っていた。次女のダイアナは、一週間前に15歳の誕生日を迎え、親戚や近所の人を呼んで盛大なパーティーを開催したばかりだった(パラグアイの15歳は日本で云う20歳の「成人」に値する)。前はおてんばな女の子だった彼女も、少し色っぽくなっていまは彼氏もいる。3女のドリスは、前は歩くのがやっとだったのに、いまは6歳になって背もひと回り伸びてやっぱりかわいかった。


 


ここの家庭でホームステイした隊員は、もう10人以上になる。今回もクリスマス・イヴの24日に、ここでお世話になった現隊員のマキリ(女の子だよ)とカズの2人がやって来た。2人とも明るくって変なやつらだった(協力隊員の大半はそうだ)。つまり合計8人で、にぎやかなクリスマスの夜をすごした。


 


地球の裏側の暑い国で迎えるクリスマスはサイコーに楽しい。イヴの夜は街中が活気づく。音楽がジャンジャン街に流れ、各家庭で盛大なごちそうを準備して、みんな夜の12時を待つ。「クレリコ」と呼ばれる数種類のくだものとジュースとワインを混ぜた飲み物がこっちのクリスマスの定番で、オレはそれが大好きで、ウチの家族がつくったクレリコや近所の家庭のクレリコをご馳走になって、何杯も何杯も飲んだ。4年前と同じように。うまーい!


 


夜の12時を迎えると街はスゴイことになる。街中のいたるところでたくさんのバクチクが鳴り、ロケット花火が縦横無尽に飛び交い、花火がバンバン夜空に上がる。とともに、「フェリシダーデス(おめでとう)!!!」と云って抱きあいキスしあい、カンパイする。それがおわったら、近所の家族と抱きあいキスしあう。友だちとも抱きあいキスしあう。そして夜1時から夜明けまでディスコでジャカジャカ踊りまくる。そんな感じだ。


 


ママはオレが来ると、いっつもサイコーにおいしいパラグアイの家庭料理をごちそうしてくれる。ママのつくったおいしい料理を家族みんなでワイワイ冗談を飛び交わしながら食べているときがいちばん楽しい。


 


チキがシードラ(シャンパン)のコルクを開けて、オレの頭にブツけてくれた。「Takeshi va a casarse (次はタケシが結婚するね)!」といってみんな大騒ぎ。


 


TAKESHIはとってもいい子なの。だからきっとステキな女性と結婚するわ。わたしの子どもはみんないい子なのよ―


 


ってママは云っていた。


 


とてもうれしかった。


 


※ 上の写真は、ドリス(一番右)とその友だち。彼女の大切にしているお人形も一緒です。



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2006.12.23 Sat
すべては砂塵の中


この前の火曜日、首都のアスンシオンからバスで北へ約7時間、フィラデルフィアの街に行ってきた。


フィラデルフィアは、メノニータとよばれるメノー教(プロテスタントの一派)を信仰するドイツ系移住民のコロニーだ。そこら一帯はチャコ地方とよばれ、降雨量が極端に少なく乾燥した地域となっている。約2年ぶりに訪れたわけだが、やはり砂塵がすごかった。いつも顔面を吹きつけてくるため、視界がつねに困難だった。


ASCIM(メノニータ・先住民協力機構)という援助組織の本部がそこにある。一夜明けた次の日、そこの事務所を訪れ、理事長の人といろいろと話しをした。実は、ASCIMが全面的に援助協力しているジャルベサンガ村に入ってフィールドワークをしたいと考えている。


しかし、これがなかなか簡単ではない。ツテもコネもなく、今回はJICAという強力なバックグラウンドもないため、すべてがオレの身ひとつにかかっている。交渉力と人間性が試されるときである。自分の意向を伝えたすえ、とりあえずなんとか足がかりはつくることができた。でも、まだまだここからであるし、まだ始まってもいない。


フィラデルフィアに行く前に、協力隊時代にはたらいていたマリスカル市役所(フィラデルフィアよりさらに北の街)の同僚のベルナルドにあった。彼はいまアスンシオンにいる。11月に市長選挙があり、彼も立候補して完敗し、市役所の政党は国民会合党からコロラド党へと変わってしまった。それにともない、これまでの職員はすべて刷新されたという。


ベルナルドは、チャコ地方の先住民のために、10年以上にわたってボランティア精神に基づく援助活動を展開してきた。OPG(西グアラニー先住民族組織)というのを立ち上げ、先住民の組織化と彼らの権利の訴えた。しかし、マリスカル近辺の先住民の大半は、贈賄を常套手段とするコロラド党に票を投じた。「もうチャコには行かない」「先住民はもうだめだ」と彼は云っていた。あきらかに失望の色がうかがえた。


市役所の職員は刷新され、いまマリスカル市はどうなっているだろう。あるいは、どうなってしまっているだろう。フィラデルフィアからバスで約1時間のその街に、オレはその日いかなかった。


チャコ地方は、いつも砂塵の中にある。


オレの研究の見通しもまた、いまだ砂塵につつまれている。


 

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2006.12.19 Tue
はまなすセンターのパラグアージャたち


この前の土曜日、2階のキッチンに降りていったら、途中でコケテしまい、ちょうどそこで料理をつくっていたパラグアージャたちに笑われてしまいました。オレにもテレレとサンドウィッチをご馳走してくれたやさしい彼女たちでした。


ところで、オレは最近アンドレス・バルベロ図書館(Museo de Andres Barbero)というところにいりびたって、文献を探したり、それをコピーしたりの毎日を送っています。この図書館はセントロのウルグアイ広場の近くにあって、パラグアイの先住民に関する文献についてはかなり充実しています。


でも、パラグアイ人はあまり本を読まないせいか、図書館にいるのはいつもオレだけです。


 



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2006.12.15 Fri
懐かしい未来

 


いま、テレレと赤い土と青い空のところにいる。


 


メキシコシティーからチリのサンティアゴへ向かう空港のロビーは、ビジネスマンや金持ち旅行者であふれていた。しかし、サンティアゴからアスンシオンへ向かう空港のロビーには、ビジネスマンの姿は一人も見あたらず、それにかわって10代や20代の若者がペチャクチャペチャクチャしゃべっているだけだった。そんな学生の修学旅行のようなロビーの様子をみて、いまから自分が向かうところが、実に「若い国」であるということをあらためて実感した。飛行機のなかは、元気なしゃべり声と陽気な笑い声で満ちあふれ、すっごくにぎやかでやかましかった。きっとこんな空の旅もめずらしいにちがいない。


 


やってきたというよりは「もどってきた」という感覚だった。


 


空港を出るとタクシーのしつこい客引きがあって、市街地へ向かう途中には牛が原っぱでのんびりと歩いている光景が目にはいる。そして、この国だけは何にも変わっていないようにおもう。


 


でも、細かいところでいろいろと確実に変わっていたところがあった。まず、現在1ドル=5300グアラニー(以前は7000グアラニーくらい)。ドルの価値が徐々に落ちていることに起因する。そして、コレクティーボ(バス)の料金が、現在2100グアラニー(以前は1500グアラニー)。ガソリンの値段が急騰したことによる。さらに、「20000グアラニー札」の登場。絵柄は、壷をもってアオポイの伝統衣装をまとったパラグアージャ。これは世界でもっとも美しい紙幣だとおもう。日本の2000札のように使い勝手はあまりよくはないが。


 


そしてさらに、肉の値段が急上昇している。したがってアサディート(やきとりみたいなもの)売りはあまりみられなくなってしまっていた。そしてさらにさらに、最近エル・ニーニョ現象中で、夜はスコールのような激しい雨が降ることが多いという。到着した初日の昨日の夜は、メシを食ったあとスコールにやられ、道路は滝と化し、ホテルに戻るまでに散々なメにあい、しかも夜中はずっと停電だった。オレはいま、北海道県人会主催の「はまなすセンター」に泊まっている。1ヶ月300000グアラニー。そしてきわめつけは、JICA事務所がセントロからマリスカル・ロペス通りのシティバンクビルに移動したこと。セントロの治安が年々悪化していることによるらしい。


 


そんなこんなで、この国もグローバル化の波に逆らうことはできないわけだけれど、肝心のところは何にも変わっていないみたいだなと、今日メルカド4(市場)をぶらぶら歩いていておもった。小食館(中華料理屋)とティグレ(韓国マッサージ屋)にいった。いつもそうだったように。


 


メルカド4にはジュージョ(薬草)を売る人がいて、テレレをしている人があちらこちらにいて、「バエテコピオ!」(「元気か!」の意:グアラニー語)といっている人がいた。そして、グアラニーと白人との混血であるメスチーソは、本当に美しい体型と顔立ちをもった女性や男性が多い。


 


きのう「はまなすセンター」に到着し、宿泊施設について現地の男性からいろいろと説明を受け、いくつか質問をしていると、彼がやたらと「とらんきーろ!」(Tranquilo)の単語を連発しているのを聞いて、「ぜんぜん『とらんきーろ』じゃねーよ!」と心の中でつぶやいていた。


 


彼らは、「とらんきーろ」という単語を日常の会話で頻繁に使う。これはスペイン語で「おだやかな」という意味のコトバなのだが、彼らの発言のニュアンスを含めて日本語でなんと訳したらいいのか、なかなかむずかしい。「まあまあ、気にすんな!」とか「ゆっくりいこうぜ!」とか「Anything OK!」とかいうことになるだろうか。


 


それにしても、ここの街やここの人々の、この包みこむような陽気さとあたたかさはいったいなんなのだろう。


 


たしかにここは、すべてが「とらんきーろ」な雰囲気にみちている。こんなに「スロー」な国もめずらしいかもしれない。人々は本当にゆっくりとゆったりと生活している。そんなグアラニーの生活にふたたびふれてみて、つねに時間にしばられて生活していかざるをえない「日本人」としての自分を、少し悲しくおもったりした。


 


世界銀行はこの国をラテンアメリカの最貧国と位置づけ、お隣の大国のアルゼンチンやブラジルはこの国の人々を「田舎もの」と蔑んでバカにしている。だが、どれもこれもいまのオレにはとうてい理解できない。結局のところ、リアリティーは「現場」にふれなければわからないのだ。


 


グアラニーの人々と生活を共にするとき、「貧困」とは何なのか、「しあわせ」や「いい暮らし」とはいったい何なのだろうかと、いままで先進国で培われてきた「常識」を、きっと根底から問い直さずにはいられないだろう。


 


カンクンやアカプルコやマイアミのリゾート地は、たしかにパラダイスである。しかし、それは金持ちにとってのそれに他ならない。つまりそれは、多くの人にとっては限定的で排他的な空間として存在している。しかしこの国は違う。ここには美しいビーチや超高級リゾート地はないが、彼らの文化や彼らの街は、いつでもだれにでもウェルカム(Welcome)といっている。


 


青い空と赤色の大地にかこまれたグアラニーの桃源郷は、いつもあなたにビエンベニード(Bien Venido)といっているのである。





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2006.12.12 Tue
新しい舞台へ


この前の金曜日と土曜日の2日間、ユカタン州の冬のトーナメント戦(バドミントン)が開催された。オレは、3ランクのうちの一番上のランク(Primera fuerza)でたたかった。


3連勝で迎えた最終試合、15歳のサマンタに体力切れで負けてしまった。結果、3勝1敗で3人が並び、得失点差によってオレは2位になった。3位のサマンタとの差はわずか1点だった。メダルをもらった。このメダルは、オレの一生の宝ものだ。


いまじょじょに感じていることだが、きっとメリダはオレにとってかけがえのない街になるとおもう。メシはうまいし、カリブ海は近いし、治安はいいし、それに、ここにはたくさんの友だちがいる。


バドミントンに打ち込む子どもたちに出会えたことは、本当にうれしいことだった。


だけど、そんな彼らとも今日からしばしのお別れ。再びメリダに戻ったとき、彼らはもっと強くなっているだろうし、オレは一段と衰えているだろう。


旅立ちの日の昨日、チーバスがトルーカに勝ってメキシコリーグを優勝し、そして今朝、クラブ・アメリカがトヨタカップを準決勝に勝ちすすんだ。


バドミントンの基本は、「より早く、より高く、より前で」。


彼らのひたむきにプレーする姿を目に焼きつけて、オレもこれから向かう「新しい舞台」において、人生を積極的に攻めていきたいとおもう。


大事なのは、いつも新しい舞台で踊りつづけようとすること


いつも新しい舞台へ


                                             メキシコ・シティーにて



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2006.12.08 Fri
GOOOOOOOL!!!


ただいま実況中継中!!!つまり、このブログもオンエアー!!!


チーバスVSトルーカ


いまバーで夕メシ食いながらフィーバーしてる!


前半30分、チーバスが先制ゴール!!!


決めたのはやはり、


オマール・ブラボーーーーー!!!!!!!!!


もう! やばい!!!


ドリブルが速すぎる!!!


右サイドからのセンタリングをヘディングでドンピシャショット!!!


もうこの光景みたの3度目!


バーもいま最高の盛り上がり!!!


チーバスがこの試合勝って、次の日曜の試合(再びVSトルーカ)にも勝ったら、


チーバスのリーグ優勝!


次の日曜はクラブ・アメリカがトヨタカップ戦うけど、こっちはチーバスのほうが断然に熱い!!!


今夜はチップもいつもよりハズんじゃうぜ!


※ ちなみにトルーカは、元パラグアイ代表FWのホセ・カルドーソがいたクラブ。今となりにいる兄ちゃんも、「カルドーソがいればなぁ」って云っている。そして現在後半23分、いぜん1-0っす。


うおーーーー!!!


 

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2006.12.07 Thu
メキシカン・フットボール!


やっと地獄のレポートがおわった・・・。あとは、友だちに校正をお願するだけだ。


じつは、そんなレポート地獄のなかでも、バドミントンの練習は毎日行っていた(土日のぞく)。そして毎週金曜日は、夜9時にバドの練習がおわったあと、夜10時から12時までフットサルの試合をしている。すっごくキレイな正式なカンチャで、正式な審判もいて、じつは正式なリーグ戦をたたかっている。オレも、バドの友だちのツテであるチームに所属している。正式に選手登録してある。


オレはいっつもフォワードで、チームのみんなからは「NAKATA」って呼ばれている。オレは「TAKESHI」なんだが、まあいいとしよう。メキシコ人のサッカーはチョーガチンコのサッカー。パラグアイのサッカーもたしかにガチンコだったけど、トラップのうまさ、ドリブルとパスのすばやさは確実にメキシコに軍配が上がるね。あと、背は小さいけどガタイがいいから、競るとふっ飛ばされることが多い。


サッカーといえば、メキシコのプロリーグはチョー熱い!きっと日本じゃまったく放映されていないのだろうけど・・・。有名どころは、メキシコシティーのアステカスタジアムを本拠地とする「アメリカ」と、グアダラハラを本拠地とする「チーバス」。両チームともサポーターがたくさんついている。「アメリカ」には、パラグアイ代表のネルソン・クエバスがいる(スタメンじゃないけど)。そして「チーバス」には、あのオマール・ブラボがいる。


オマール・ブラボは、メキシコの選手の中でオレがもっとも気にいっている選手だ。おそらく日本じゃまったく無視されているのだろうけど・・・。彼はフォワードの選手で、背は160cmちょっとしかないんじゃないかな。でも、ゴール前でセンタリングのボールを射止める正確さとすばやさと巧みさは、ドイツ代表のクローゼをもしのぐとオレはおもっている。


日本で知られているメキシコの選手といえば、きっとバルセロナのラファエル・マルケスとボルトンのヘラルド・ボルヘッティくらいなんだろうけど、ここメキシコでは断然にオマール・ブラボのほうが人気が高い。メキシコ代表の選手は、国内リーグの選手がほとんどだしね。でも、それだけメキシコリーグのレベルは高い。トラップとパスの正確さはホントに目を見張るものがある。


レストランやバーでメシを食っているとき、ゴールが決まったら、お客のみんなが「ゴール!!!」と叫んで、ちょーすごい盛り上がりになる。そしてそんなときのメシはサイコーにうまい。メキシコ中のみんなが、自分たちの国内リーグをココロから愛しているってかんじだ。


そうか・・・もうすぐトヨタカップか。中米からは「アメリカ」が出場するのか。「アメリカ」というクラブチームは、超熱狂的サポーターと大っ嫌いな人とが極端にわかれるチーム。あきらかにマネーの力で強くなったクラブだし、シティーの金持ち階級の人たちくらいしかファンはいないんじゃないのかなあ。「チーバス」が出場すればもっと面白くなったのになあ。


でもまあ、バルサの試合は一度ナマでみてみたいよなあ。


 


 P.S.: ちなみに上の写真はカリブ海のコスメル島の海。でもやっぱ、海のステキさは写真じゃほとんど伝わらないね。「枠」が設けられてしまっているからね。こんなエメラルドグリーンの海が視界をはるかに越えて広がっているのだ。それと、沖合いの方がエメラルドグリーンからコバルトブルーに変化しているのがわかるかな!? これが美しき青のグラデーション。


 

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2006.12.05 Tue
「知ってるつもり」の日本人


メキシコに発つ前、大学のときの友だちと岩盤風呂なるものに行ってきた。ちょうど割引券を持っていたから、ためしに行ってみた。岩盤風呂じたいはまあまあであるにしても、オレはああいう空間が大嫌いだ、ということが改めてよくわかった。そこに来る人たちのほとんどは、みんな満足しきってくつろいでいた。なかには、週末それだけを楽しみに来ている人もいただろう。だがオレは、そういう人たちにはどうしてもなじめなかった。なんかずっと居心地の悪さを感じていた。


岩盤風呂なんかに満足するような人間には絶対になりたくない、そうおもった。


いまの日本には、ああいう人工的な空間がすごくたくさんある気がする。「癒しの空間」というか・・・。でもそのほとんどがはっきしいって2流以下だ。癒しを求めるのなら、オレなら本当の日光浴をしたり旅行をしたりする。友だちにそんなようなことを話したら、「それができないから、みんなああいうとこいくんだろ」って云ってた。たしかに社会人の人には時間的制約ってのがあるのかもしれない。でも、本当に「できない」のだろうか?やる気の問題ではないのか?オレなら、週末の2日間だけでも海外に行ってリフレッシュして帰ってくる気概がある。


オレは金持ちじゃないけど、オレの心はいつだって気位が高い。オレは2流のものは好まない。1流のものにしか興味はない。


久しぶりに日本に帰ってきて生活しておもったのは、日本はやたらとせわしくて、「ニセモノ」ばかりがメディアや商業を中心に氾濫しているな、ということだった。正直うんざりする。どれもこれも魅力を感じない。あるいは、そんなものに魅力を感じるような人間になったらおしまいだな、とおもっていた。心の品位を失わないようにと、ずっと日々たたかっていた気がする。


お台場の自由の女神でロマンチックになるくらいなら、オレならニューヨークの自由の女神をみにいく。コートダジュール(フランス菓子屋)でフランス気分を味わうくらいなら、オレならフランスのパリにいく。ハウステンボスで異国情緒を味わうくらいなら、オレなら実際にオランダにいく。


以前、『知ってるつもり?!』って番組があったけど、あれはいまの多くの日本人の特徴を見事にいいあらわしている。結局、知ってる「つもり」なのだ。日本はたしかに便利だ。モノがあふれている。日本で手に入らないものはない。世界中のすべてのものが日本で手に入る。でもそのほとんどが「2流」だ。オレからいわせれば「ニセモノ」だ。でも、日本人の大半の人は、そういった2流のもので満足している。テレビやインターネットから世界中の情報をえて、世界を知った「つもり」になっている。ある意味平和な人種なのかもしれない。でもオレは、そんな人間になるのはごめんだ。


オレはお金を払ってまでしてJリーグの試合なんか観ない。むしろ逆にお金をもらいたいくらいだ。いや、正直に云おう、お金をもらっても絶対に観にいかない。なぜなら、それは「2流」のサッカーだから。ひとつ云っておくと、オレは別に日本のサッカーを応援していないわけではない。Jリーグはもっとレベルが上がればいいとおもっているし、日本代表ももっと強くなってほしいとおもっている。でも、いま現在それらは2流だ。2流のものはつまらない。Jリーグの熱狂的なサポーターがオレにはまったく理解できない。あんな試合観てなにが面白いんだろう。


勘違いしないでほしい。日本にも「ホンモノ」は探せばたくさんある。でも、いまの日本には「ニセモノ」がおそろしいほどたくさん氾濫し、そして大半の日本人がそれに満足しているのも事実だ。


「ニセモノ」に安易に乗っかる日本人がたくさんいるから、「つまらない」日本人がたくさん生産されるのだとおもう。


日々の生活をもっと素直な眼でみてみればよくわかる。日本人は携帯を「使って」いるのではなくて、携帯に「使われて」いるのだということが。


 


P.S.: 「ニセモノ」も「ホンモノ」も主観的な概念です。したがってこの文章が、オレの感情論にすぎないことを最後につけ加えておきます。


 

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2006.12.01 Fri
空の上の形而上学


空の上から地上を見下ろすと、ああ・・・地球って丸かったんだなぁってのがよくわかる。


視点を変える。


たったそれだけのことで、世界がまるで違ってみえることがある。


地に足をつけ、大地に根をはって生きるのはとてもかっこいいことだとおもう。


でもオレは、


できるだけ地に足をつけず、できるだけ大地に根をはらずに生きていこうとおもっている。


 



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