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追越ノート―「ここ」から世界へ
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プロフィール

TAKESHI

Author:TAKESHI
下田にて

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「 2006年11月 」 の記事一覧
2006.11.29 Wed
イグアナとレポート地獄


上の写真は、ウシュマル遺跡にいたイグアナ。ウシュマル遺跡にはホントにたくさんのイグアナがいる。遺跡を歩いていると、サーー!ーー!って音がして、おそるべき速さで逃げたり岩間に隠れたりする。きっと、ずうっとずうっと昔からこの遺跡に住みついていたんだね。マヤ時代から伝わる先祖代々の住人なのだ。


ところで、いまオレは学期末のレポート地獄の真っ只中にいる。スペイン語で論文を書くというのは、ホントに難しいことだ。日本語で読んでさえ複雑で難解な論文の英語版やスペイン語版を読解し、さらにそれらを自分なりに整理し、かつその上で、自分の見解を的確に述べなくてはならない。自分が昨日まで扱っていたのは英語の論文である。それを日本語の意味体系によって理解し、さらにそれらをスペイン語の意味体系にあわせて書き記さなくてはならない。


学術的論文とはなにか。それは、「論理の飛躍」との恒常的なたたかいである。学術的論文における究極のあるべきすがたとは、読者を説得させる論文に他ならない。でも論文は、口語でのコミュニケーションとは違って、文章のイントネーションを強めたり、ジェスチャーでアピールしたり、といったことができない。無味乾燥な文字のみを使って相手を説得しなければならない。「論理の飛躍」があればすぐにばれる。論文の構想は、問題提起から始まって結論におわる。しかし、問題提起から結論にいたるまでの論理的な道のりは、構想では予測不可能かつ予想をはるかに超える困難なものである。ジリジリと、少しずつ結論に近づくしかない。忍耐である。


昼夜もすっかり逆転してしまった。平均睡眠時間も3時間足らずだ。しかし、いったん考察に入ったら、一気にその流れにのってしまう方がいい。辛くとも、思考を継続することが重要だ。そこで忍耐を切らして寝てしまったら、それまで考えてきたことは寝て起きたとき、そのほとんどがパーになってしまっている。夜を徹して考え抜くことが必要だ。森鴎外は、そうして考え抜いた末にひらめくアイディアについて、あるいはその一連の思考のプロセスを、「神来(じんらい)」と呼んでいる。そう、たしかにそれは、「神」が自分の頭に下りて「来」るという表現にじつに似つかわしい。


スペイン語で論文を書いていて難しいのは、「独特の言い回し」や「接続詞」のより的確な運用である。だが、スペイン語の力は相当つく。間違いない。昨夜、やっと一本書き終わった。あと一本。来週の水曜までに。


学術的論文とはなにか。そこに「書かれたもの」がすべてである。


 P.S.: イグアナとレポート地獄は、意味上の関連性をほとんどもちません。ご了承ください。 


      

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2006.11.24 Fri
大学についての雑感


オレが現在所属するユカタン自治大学人類学研究科の大学院生は、ぜんぶで20人たらず。そのほとんどは女性で、エリート階級(金持ち)の人が多い。聞くところによると、ここメキシコで、高校を卒業して大学に進学するのは約20%で、そのうち大学院に進学するのは10%たらずだという。


ここメキシコでは、大学も大学院も授業料はタダ。したがって学業に必要なのは主に教材費だけということになる。入学するのもそんなに難しいことではない。でも、卒業するためにはそれなりの勉強を必要とする。単位を取るのは日本の大学と違ってそう簡単なことではない。メキシコ人にとってもしかり。おそろしいほどたくさんの文献を読まされる。つまり、自分の専攻する学問が本当に好きじゃないとやってられない。「とりあえず大学に」って意識では卒業できないし、みんな学問が好きで集まってきている。


はじめは地獄のように感じていた一コマ4時間の授業も、最近になってようやく慣れてきた。2回目と3回目の授業のときは、授業終了後吐いてしまった(教室でではないよ)。わけのわからない議論が4時間つづいたため、過度の心理的苦痛といわゆる「授業酔い」によるものだとおもわれる。


そんな授業がいまは面白い。先日返ってきた「Metodologia(方法論)」という授業の中間レポートは、30点満点中12点だった。かくじつにクラス最低だろう。返却されたレポートには講師による添削がこまかく入っている上、評価基準をしるした別のプリントに講師のコメントがびっしり書き込まれている。そのコメントを読んで、12点という評価にオレは納得がいった。


日本の大学では(少なくともオレが所属する大学院では)、レポートは「出しっぱなし」のことが多い。しっかりとしたレポート添削を受けたのは、大学1年のときの宮本陽一郎講師の「総合文学入門演習」くらいだ。「A」(優)の評価をもらったとしても、それに手応えを感じたことはあまりない。


日本の大学院(あるいは日本の学界)における教授陣と学生は、いわゆる「師弟関係」的な色が強い。「自分で見て習え」的な側面が暗黙の了解としてあって、先生方に意見するのはしばしばためらわれることが多い。


ここメキシコの大学で新鮮に感じたのは、先生と学生が「対等の」立場で接している点だ。先生に対する「話しやすさ」は断然にこっちの大学の方が高い。日本の大学では、教授陣の仕事としてもっぱら各自の研究に重きがおかれるあまり、学生の指導は「かたでま」である場合が多い。でもこっちは違う。教授陣は政府から給料をもらうぶん、学生にそれなりの「サービス」を提供しなければならない。そのためか、自主性をもった高度の研究者を育成しようという「教育」カリキュラムの面では、日本の大学よりもしっかりとした体制が整っているようにおもう。


日本のように「暗黙の了解」や「そんなの云わなくてもわかるだろ!」的な雰囲気はまったくない。むしろ逆に、「云わなく」ちゃならない。教授陣は、学生の採点や評価をする際、学生から質問を受けた際、常にそれに対し納得のいく説明をする義務を負っている。そしてそれは、しごく明快で、かつ理にかなっている。


そんなようなことを、日本の落ちこぼれ学生はおもったりした。


 

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2006.11.21 Tue
週末の夜はおわらない


きょうは革命記念日でお休み。それにしても先週末はいろいろと忙しかった。金曜日に、セントロ(中心街)の若者の公民館みたいなところで、なんと『もののけ姫』を上映した。もちろんスペイン語の字幕つき。同じ大学で経営学を学んでいるともだちのアランが、授業の一環としてなにかイベントをやらなくちゃならないとのこと。そこで、オレと共同でジブリ映画の上映を企画した。アランは日本のマンガやアニメが大好きだからね。なにを上映するかということになって、もっとも日本的かつ問題作であるほうがいいとのことで、『もののけ姫』に決定。


上映のあと多少の時間をとって、映画の内容について観客の人たちからいろいろな質問を受けつけた。メキシコ人からすると、監督が企図する壮大なテーマみたいなものは理解しにくいみたい。日本における迷信やアニミズム的信仰などについても少々わかりにくそうだった。それよりも、人間と動物が双方殺しあう残酷なシーンのほうに引きつけられていた。


オレはオレで、あらためて感動してしまった。西洋人(キリスト教)にとって自然は「征服すべきもの」だけど、日本人にとって自然とは「共生すべきもの」だったんだね。そうした観念は、「日本人」独自のものだとおもう。フランスの人類学者クロード・レヴィストロースも、そういう古き日本人の生活観に強く魅かれた人物だった。いろいろな時代を経て、今日ではそうした観念はますます廃れてしまう一方だけど、要はオレたち日本人は西洋人とは違った独自の観点を持っているということ。そいうのを冷静に見きわめて自覚しておくことはとても大事なことだとおもった。


さて、土曜日はイシュマックイルというメリダからバスで20分ほどの村に行ってきた。そこでは今月いっぱいユカタン半島のフェスティバルをやっている。エクスポみたいなやつ。ジェットコースターやメリーゴーランドもある。夜の舞台では、モデル級の美人がエロチックに踊りまくってみんなで盛りあがっていた。


そんなイシュマックイルのフェスティバルからメリダにもどって上の写真(ソカロ)の光景。週末の夜は一部車両通行止めになって、オープンテラスのレストランやバーが街路にあふれ、いたるところで音楽や踊りや大道芸がやっている。だから夜おそくまでこの街の心地よい喧騒はたえない。


そしてこれからオレは、学期末のレポートに追われて地獄をみることだろう。



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2006.11.17 Fri
密林にねむる


おととい、ウシュマル遺跡に行ってきた。上の写真は、グラン・ピラミッドの頂上からの眺め。みわたすかぎりの密林の中に、マヤ文明の都市遺跡は突然あらわれる。ウシュマルはチチェン・イツァーと並び称されるマヤ遺跡だけど、密林度はウシュマルのほうが高いし、観光客もチチェンに比べてはるかに少ない。


前のチチェンは、予備知識をまったくもたずに行った。最初に受けるインスピレーションを大事にしようと思ったからだ。でも、今回のウシュマルは、事前にある程度その歴史や遺跡の特徴について学習してから行った。予備知識をもつことで、また違った見方をすることができる。


ウシュマルでは、前に行ったチチェンをはるかにしのぐ感銘を受けた。実をいうと、オレは遺跡というものにあまり関心がなかった。ギザ(エジプト)のピラミッドもみた、イスタンブール(トルコ)のブルーモスクもみた、敦煌(中国)の莫高窟もみた、イスファハーン(イラン)の王の広場もみた、アテネ(ギリシャ)のパルテノン神殿もみた、ローマ(イタリア)の歴史遺跡もみた。だが、それらのどれもが、ヴィクトリア・フォールズ(ジンバブエとザンビアにまたがる世界三大瀑布)やイグアスの滝(ブラジルとアルゼンチンにまたがる世界三大瀑布)、カラコルム山脈(中国・パキスタンに連なり、K2を含む)やパタゴニア(アルゼンチン)のウプサラ氷河の前ではちっぽけにみえた。オレは大自然の雄大さにコトバを失い、すっかり魅せられてしまった。人間のつくるものなど、しょせんはタカが知れてる。そうおもった。


だが、こうしてグラン・ピラミッドの上に座っていると、静謐な空気をとおして、太古の世界を感じることができる。何千年ものあいだ、このピラミッドはここに存在しつづけてきたのだろうし、ここからみわたす景色も、もしかしたら太古の昔とそんなに変わらないのかもしれない。人間のつくるものはすごいな・・・と、おもった。


きのう大学院での授業がおわって、クラスメートのホセと一緒の帰り道、レストランでメシを食らいながら、マヤについての興味深い話をたくさんきいた。おそらく、この先ほかのマヤ遺跡も訪れるとおもう。


もしかしてオレは、もうマヤのマジックにかかってしまったのかもしれない。


 

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2006.11.15 Wed
バドミントン☆REMEMBER


約3年ぶり、ここメキシコの地で、バドミントンに再開した。信じられないことだけど、事実。大学を卒業してから、もうバドミントンをやることはおそらくないだろうなーって思ってた。オレのスポーツ熱は完全にサッカーに移っていた。


ひょんとした出会いから始まった。ここメリダのスポーツ施設で、サッカーボールでひとりで遊んでいた日曜日、ひとりのラケットを持っているおやじをみつけた。ちょっと興味本位に、「あんたメキシコ人のくせにバドミントンなんかやるの?」ってきいてみた。すぐそばの体育館に案内してくれた。彼の名はラウール。77歳のバド歴45年。


この体育館にはきれいなバドミントンのコートがあって、となりにはこれまたきれいな卓球台がいくつもある。練習は火、木、土、日(AM6:00-8:00)と月から金(PM7:00-9:30)。


オレはそのすべてに参加している。つまり、まいにち朝・晩バドミントン生活。朝の練習にくるのは主に大人の人たちで人数はそんなに多くはない。でも夜の練習は、ちびっ子から高校生、大学生まで、たくさんの人が体育館に集まる(写真参照)。ここメキシコの学校には日本と違って部活動ってのがなくて、かわりにそうした役割を県庁が受けもっている。いま現在、このバドサークルに指導者は3人いて、県庁が彼らに給料を支払っている。したがって、体育館にくる人たちはみんなタダ。


彼らの中には、センスのあるやつやうまいやつが何人かいる。でも、残念ながらこのままの練習ではそれ以上はうまくならないだろう。指導者を含め、バドの練習の仕方をよく知らないのだ。


オレの口からあれよこれよといろいろ彼らにアドバイスしてあげたいのだが、そう簡単にはいかない。なぜなら、オレが積極的にアドバイスすれば、彼ら指導者の仕事をうばってしまうおそれがあるからだ。それに、向こうにだってプライドはあるだろうしね。


だからオレは、自ら積極的に練習に参加して、自らのプレーで少しずつ彼らを感化していけたらとおもってる。そうした中で、つまりバドの練習や試合の中で、少しずつ彼らに自分の知っていることを伝えていけたらとおもう。この「巻き込み作戦」はじょじょにだが軌道にのりはじめている。これって、協力隊の活動に似てるよね。


オレも彼らから学ぶことはたくさんある。じつは日々学んでる。オレたちは国や文化が違うからこそ、だからこそ、お互い学びあえることがたくさんあるとおもう。


ここメリダで、一生懸命にシャトル(羽)を追いかける子どもたちに出会って、大昔に忘れちまった大切な何かを思い出せそうな気がする。


だから、いまバドがすっごく楽しい。


 

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2006.11.14 Tue
永遠の「10番」


おそらく日本では放映されていないだろうが、実はおとといの土曜日にアルゼンチン・クラシック代表vsメキシコ・クラシック代表の試合がメキシコでおこなわれた。フットサルのカンチャで。


そしてこれが、ちょーガチンコの試合だった。両チームとも、元ワールドカップ出場の有名な選手たち。ラフプレイの連続や乱闘騒ぎ、審判への猛烈な抗議・・・


この試合最も注目を集めたのは、やはりディエゴ・アルマンド・マラドーナだった。観衆はみんなディエゴを見にきていたし、この試合はディエゴのための試合であったといっても過言ではない。


アルゼンチン・クラシックのフリーキックはすべてディエゴが蹴るというすごい展開。1回目のペナルティーキックは外すも、2回目のを見事に決めた。ディエゴがボールを持つと観衆はものすごい盛り上がりをみせる。観衆のほとんどはメキシコ人だけど、みんなディエゴが好きなんだ。


「生きる伝説」-オレにとってそう呼べる人物が、世界上に2人いる。モハメッド・アリとディエゴ・アルマンド・マラドーナだ。


しかし、おとといのディエゴのプレーは、とても「生きる伝説」と呼べるようなものではなかった。太っている彼は、ボールを持ってもすぐに相手に奪われてしまうし、足もおそくてせり合いにもまったく参加できていなかったし、シュートもまったく打たせてもらえなかった。つまり、ディエゴの見せ場はフリーキックだけだったといっていい。


でも、試合中もっとも活躍していない選手が、試合中もっともかがやいていた。


ディエゴ・アルマンド・マラドーナとは、そういう人物である。彼ほど「10番」が似合う選手はいない。


試合は3-2でメキシコ・クラシック代表の勝利。そして今夜、第2回戦がおこなわれる。


 

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2006.11.10 Fri
メリダの年代記


オレがいま住んでいるメリダは、メキシコはユカタン州の州都。ユカタン半島は、はるか昔マヤ文明が栄えた土地。したがって、ここメリダは太古からの歴史と文化と伝統がすみつく街。


ここメリダ(あるいはユカタン半島)の住人は、自分のことを「メキシコ人」(mexicano)とは呼ばず、「ユカタン人」(yucateco)と名乗る。地理的にも、首都のメキシコ・シティーよりもキューバの首都ハバナの方が近い。気候は熱帯のサバナ気候で、常夏の地。メキシコ・シティーとは打って変わって治安もいいし、人は親切だし、街にはいつも穏やかな雰囲気がただよっている。


そして何といってもメシがうまい!ユカタン料理という郷土料理があって、唐辛子、酢、アチョテで豚肉を煮込み、バナナの葉に包んで石蒸しにした「コチニータ・ピビル」をはじめとして、非常に手の込んだ料理が他にもたくさんある。飲み物では、ユカタン独自の地酒をはじめとして、カリブ海やキューバに近いことから、ラムをベースにしたカクテルがふんだんにある。モヒートやキューバリブレ、そしてピニャコラーダ。前に紹介したオルチャタもユカタン独自の飲み物だ。キューバの葉巻も普通に店で売られている。しかし、この食のうまさのせいで、街をゆく人はデブばかり。メリダの人口の約80%はデブであるといっていい。


夜になるとオレンジ色の街灯が灯り、一転してロマンチックな街となる。カップルは愛を語り、馬車が道をとおり過ぎ、バラを売る人がいて、マリアッチはセレナータを奏でる。ソカロ(中央広場)をはじめとして、毎晩必ずどこかで伝統舞踊(上の写真)が披露されている。もちろんタダ。


そういえば昨日、本屋でエルネスト・ゲバラの本を見つけて思わず買ってしまった。『Otra Vez(再び)』と題されたその本は、エルネストの第二回南米縦断の旅日記である。第一回目のアルベルト・グラナードとの旅日記は、『Diario de Motocicleta(モーターサイクル・ダイアリーズ)』として映画にもなり、日本でも公開された。この南米縦断の貧乏旅行は、彼の人生観を大きく変えることになった。日記にも記している。「ぼくはもうぼくではない。少なくとも旅立つ前のぼくとはすっかり変わってしまった」と。


そして第二回目の南米縦断。この旅のの当初の目標は、旅の行く先々で医師のボランティアをしながら、当時ベネズエラで働いていたアルベルトに再会することだった。しかし旅の途中、彼の人生は思わぬ方向に変転する。ベネズエラへは寄らず、エクアドルから中米のパナマへと船でわたることになる。そこから、コスタリカ、ニカラグア、ホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラを経てメキシコに入る。メキシコに入ったエルネストは、写真家としてアルバイトをしながら生計を立て、メキシコ国内を旅してまわり、ここメリダにも訪れている。彼の日記にはこうある。


「カンペチェからバスで2時間、ぼくたちはいまメリダにいる。メリダは非常に大きな街であるが、人々はきわめて田舎風の生活をしている。博物館は、陳列の仕方がひどく下手くそだったが、興味深い品がいくつかあった。ここメリダの一番の魅力は、マヤ文明の都市や遺跡がすぐ近くにいくつも存在することである。ぼくたちは、その中でもっとも重要な古代都市であるウシュマルとチチェン・イツァーを訪れた」(筆者訳)


かつて野口英世が訪れたここメリダの地に、エルネスト・ゲバラも訪れていたとは、昨日はじめて知った。ここメキシコの地でエルネストはフィデル・カストロと出会い、今度は人生観だけでなく、人生そのものを大きく変えてしまった。日記の最後に、彼はこう記している。


「ぼくのこれからの計画は、まったくもって不明瞭であるが、とりあえずいま行っているいくつかの調査の仕事を終えたいと思う。今年は、ぼくの今後の人生にとって最も重要な年になるかもしれない」 (エルネスト・チェ・ゲバラ 筆者訳)


旅をしよう。


 

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2006.11.08 Wed
市場とタコス


ソカロ(中央広場)の近くにルーカス・デ・ガルベスという市場がある。これは、パラグアイのメルカド4のメキシコ版みたいなやつで、あらゆる雑貨や果物、野菜、肉類がふんだんにある。ここメリダの庶民の台所なのだ。


スーパーマーケットやショッピングが画一的な空間であるのに対し、市場ってのはその土地の風土が実によく表現されている。だから、はじめての土地を訪れたなら、まずは市場にいくといいよ。ちなみに、オレにとっていままでで最高に面白かった市場は、ブラジルはアマゾンのマナウス市場。だって、バカでかいバナナやパイナップル、ピラクルー(世界最大の淡水魚)やモルフォ(羽が青く光り輝く熱帯のチョウ)の標本が普通に店頭にならんでるんだぜ。まさに「豊饒」そのものだよね。


それはさておきガルベス市場。ここで特に目に付いたのは、靴屋が多いということ。鶏の生き売りもしている。市場の中はいろんなものの匂いがごちゃ混ぜになっていて、さらにその上人間の汗くささが加わって、何ともいえぬ匂いに包まれている。そんな匂いに包まれるとき、オレの身体はよみがえる。何でかよくわかんないけど、これこそ「人間の空間」なのだろう。


「抗菌」で満たされた空間など、実は「不自然」な空間なのだ。菌がいるほうが「自然」なのだ。ところが、「抗菌」の空間がますます拡大する現代、人間の身体は本来の免疫力をどんどん失いつつある。それは悲しむべきことであるといっていい。「抗菌」の空間でしか生きられないというのは、ちっともうらやましいことじゃない。


ガルベス市場の前にはたくさんの食べ物屋がズラーっとならんでる。そこで目に付くのはやっぱりタコス。上の写真のように、肉を切ってトルティージャにのせて、たまねぎのみじん切りとパイナップルを2切ばかり、テーブルにはライムとメキシコ独自の辛口ソースが常備されている。タコス1コ3ペソ(約30円)。オレはいつも4コくらい食べる。いやー!メキシコ料理サイコー!


もうエルトリート(日本のメキシコ料理店)でなんか食えないよ。タコスは、メキシコで庶民と一緒に、この熱気の中で食らうからうまいんだぜ!


 

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2006.11.03 Fri
セノーテの秘密


8月にユカタン半島のセレストゥン国立公園ってとこにフラミンゴを見にいった。海岸からボートでフラミンゴがいるところまでいくんだけど、その長い足は水面下に隠れているから別にそんなに驚きはしなかった。


それよりかは、上の写真の光景のほうが感動した。


実は、フラミンゴがいる湾の近くには、マングローブの林が広がっている。そのマングローブの中にボートで入っていくさまは、まさにジャングルクルーズそのもの。


マングローブの中をずーっと奥にすすんでいくと、なんとそこにはものすごく透明で美しい泉がわきでている。そこに到るまでの水の色が薄茶色だったのに、急にそこだけエメラルドグリーンなんだぜ。


これはセノーテ(cenote)っていう泉で、ユカタン半島にいくつも存在する。この現象については、地質学的に説明がつくらしいんだけど、オレはくわしくは知らない。ただ、水がすっごい冷たくってさあ、そこでいっぱい泳いだよ。 きもちよかったー!


ムシ暑くて蚊がいっぱいのマングローブの中に、こんな自然の神秘が隠されていたなんてねぇ。


まるで砂漠の中のオアシスのようだった。



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2006.11.02 Thu
太古の世界へ!


上の写真は、チチェン・イツァー遺跡に行ったときのワンショット。ここメリダを州都とするユカタン州は、マヤ文明の遺跡の宝庫でさあ、大小あわせてたくさんの遺跡が半島のあちこちに散らばっている。そしてそれが、世界中の考古学者や人類学者をひきつける最大の魅力となっている。


チチェン・イツァーはその代表的な遺跡のひとつ。この遺跡のおどろくべきところは、すごい田舎の密林の中に突如として出現するその意外性にある。このぶんでは、古代の人たちはこの神殿に神秘性を感ぜずにいられなかっただろうなあ、と素直に納得がいってしまった。


この階段式ピラミッドは、エジプトのピラミッドに比べるとぜんぜんその大きさでは負けるけど、なんといっても息を呑むような美しさがある。オレも、はじめてこの神殿が視界に入ったとき、ただただ、「美しいなあ・・・」って感動しちゃった。


もともとカイロにあるギザのピラミッドがファラオを祀るお墓の役割を担っていたのに対し、マヤ文明のピラミッドは純粋に神殿としての役割をはたしていた。でも、アフリカと中米、こんなに遠く離れた地域に、まったく類似した建造物がつくられるなんて、まさに世界の神秘そのものだよね。


だって当時は、いまのようなグローバル化の時代じゃなかったんだよ。つまり、世界の各地域が連関性を持っていなかった。というのが、世界史の通説になっている。


じゃあなんで?!って興味もった人は、ぜひグラハム・ハンコックの『神々の指紋』っ本を読んでみて。もうすでに読んでる人も多いと思うけど。この本は、数年前に世界中で大ベストセラーになったんだ。ただ、資料の確証性についてその後かなりの批判をあびて、学問的価値はまったく認められていない。


オレは、パラグアイにいたとき隊員連絡所でこの本みつけて夢中になって読んだ。著者の発想には非常に面白いものがある。ここまでくると、学問的価値ってなんなんだろうねって逆にそっちを疑ってみる必要があるとおもった。


 

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2006.11.01 Wed
映画のように美しく


The life is not with one likes・・・ isn't it.                                        (ままならないよ・・・人生は)                                                                             


・・・No・・・it isn't.                                                (・・・そうね)


                                      『ローマの休日』より



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