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追越ノート―「ここ」から世界へ
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プロフィール

TAKESHI

Author:TAKESHI
下田にて

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「 2006年08月 」 の記事一覧
2006.08.29 Tue
夏の日の宿題―イルカと泳ぐ日

このまえコスメルに行ったとき、イルカといっしょに泳ぎました。
ぼくの夢がひとつかないました。

イルカのヒレにつかまってものすごいスピードでひっぱってもらったり、足のウラを青空にむけておもいっきりプッシュしてもらったりしました。なんとキスもしちゃいました。

イルカは、人間と同じような眼をしています。きっと人間の云うことや考えていることがわかるのだとおもいます。ぼくが何をどうしたらいいかわからないでいたら、ぼくのまわりをぐるりと回って「いっしょに泳ごうよ!」と云ってくれました。とってもやさしくてかわいかったです。

またいっしょに泳ぎたいです。


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2006.08.22 Tue
グラン・ブルー

大学院の始まりは9月からだから、しばらく時間がある。
だからオレは旅に出た。

まずは、チェチェン・イツァーに向かった。
ここには、マヤ文明の階段式ピラミッドが存在する。密林の中に蒼然とそびえる均整のとれた巨大な建造物。背景の透きとおるような青空とのシンメトリーが、何よりも神秘的で美しかった。

そのあとカンクンにたどり着いたが、それをシカトして、その先のプラヤ・デル・カルメンへ。そして次の日の早朝、船でコスメルへ向かった。

コスメルはカリブ海に囲まれたメキシコ最大の島である。なかでも海の透明度は世界有数で、カンクンのそれをはるかにしのぐ。ダイビングスポットも豊富で、世界中のダイバーが集まり、「ダイバーズパラダイス」と呼ばれている。

そこでオレは、すでに持っている自らのダイビングライセンスを、一ランク上のアドヴァンスド・オープンウォーターダイバーに更新させた。アドヴァンスドになると、これまでの水深18メートルよりはるかに深い水深40メートルまでもぐるディープダイブができる上に、夜にもぐるナイトダイブや、海の中で写真を撮るアンダーウォーター・フォトグラフィーなどを行う資格が与えられる。海の中での楽しみがますます広がるわけだ。

コスメルの海の透明度は、いいときで60メートルに達する。そこでオレは5ダイブした。海岸のエメラルドグリーンから船で沖あいに出ると、海の色はある地点を境にコバルトブルーへと変わる。船の上から下をのぞきこむと、海は驚くほどに透きとおっていてはるか下まで望むことができた。

ぜんぶで5つのスポットに潜った。なかでも壮観だったのはサンタロサ・ウォールというスポット。コバルトブルーの中にゆっくりと降下していくと、しだいにエメラルドグリーンの、コトバでいい表わせぬほどの美しい世界が広がってくる。海の中には、あきらかに別世界が存在している。

カリブ海の女王と呼ばれるクイーン・エンゼルフィッシュをはじめとして、強い鮮明色と奇怪な形状をした熱帯魚たちが、次々に眼前を優雅にとおりすぎる。古代魚のターポンの群れに出くわし、サンゴはあたり一面に広がっている。それが水深18メートルの世界。

さらに下へと潜っていくと、しだいに海の色は濃くなっていく。巨大なカニやエビがサンゴの岩間に隠れていたりする。水は驚くほどに透きとおっている。水深25メートル。

そこから左下を見下ろすと、高貴な紫色を帯びた濃厚なコバルトブルーが、眼前に覆いつくせぬほどの広がりと恐ろしさで存在している。

そしてぼくは、その「グラン・ブルー」のなかに入っていった。まるでそこが、ぼくが還るべき本当の場所であるかのように。

巨大なカメが岩の上でお食事をしている。ナースシャークの親子連れが目の前をとおりすぎる。小さな子ガメがぼくの上を、ゆっくりと光の射すほうへと泳いでいった。

地上の喧騒は、はるか深海へは届かない。


グラン・ブルーの中で、ぼくは地上に戻るべき理由を失ってしまった




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2006.08.11 Fri
¡ Viva Mexico !

昨日の夜、雨上がりの街にでたら、ソカロ(中央広場)周辺がにわかに活気づいていた。オレンジ色の街灯がいくつも灯り、街全体がロマンチックな雰囲気に満たされていた。

ベンチに座って愛を語りあう二人、バラを売るひと、マリマッチの奏でるセレナーデ、人々でにぎわうレストラン、そして時おり通りすぎる馬車の音...

この街の顔は夜だと知った。
そして、自分がいまメキシコの地にいることをあらためて実感したのだった。

いま、メキシコのビールと料理を一つ一つ試している。
昨日の昼はドスエキス(Dos Equis)というビールを、そして昨日の晩はボエミア(Bohemia)というビールとポソーレ(Pozole)というスープをいただいた。ボエミアは苦味の強いビールだった。ポソーレは豚肉と大粒のトウモロコシがはいったスープで、付け合せにドンタコスがたくさんついてきた。地元の食堂で食らう食事とビールは最高だった。

今日の昼はテカテ(Tecate)というビールと、ソパ・デ・リマ(Sopa de Lima)というスープを、ソカロのそばのレストランで食らった。テカテは口当たりのやさしいビール。ソパ・デ・リマは鶏肉とドンタコスいっぱいのトマト風味のスープの上にライムがのったやつで、これが酸味が利いてあっさりしていてサイコーにうまい。パンと一緒に食べるのだが、いくらでも食えそうな気がした。

いやー、メキシコサイコー!!!

そして今日の晩は、どんなビールと料理を試そうか。
あしたもあさっても昼間から冷たいビールとうまい食事です。


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2006.08.10 Thu
メリダの青い空から

いま、メキシコはユカタン半島のメリダにいる。

3日間の高級ホテル暮らし(公費でだけど)を終えて、やっと安宿に移ることができた。

首都のメキシコシティーはつまらない都市だった。いつも曇っていて、高地のため酸素が薄くて、そして空気が汚い。それが世界最大の都市だった。オリエンテーションのため、2日間そこに滞在した。マラドーナの「五人抜き」や「神の手」の伝説が生まれた「アステカスタジアム」にも行った。

飛行機の上から見るメリダは、あたり一面みどりに覆われていた。
たったひとりでメリダの地に降り立ったとき、湿気を多分に含む熱い空気がオレの身体を大きく包みこんだ。そしてオレの身体は完全によみがえった。

ユカタン州の州都であるメリダは、通称「白い街」(Ciudad Blanca)と呼ばれている。どこまでもつづく青い空とあかるい日差し、そしてふんだんのみどりがあるおだやかな街だ。メキシコシティーと違って治安もよく、カリブ海も近い。

日中の気温は46度に上り、年間の最低気温は35度という常夏の地。
街に出て歩きまわっていたらさっそくやられてしまった。

今は住居探し。明日には決まると思う。

そして今晩、リベルタドーレス杯(トヨタカップの南米代表を決める大会)の決勝が行われる。
メキシコ人と一緒に、これからバーで盛りあがろうと思う。



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2006.08.02 Wed
パウル・クレーの絵

昨日、佐倉にある川村記念美術館に行ってきた。
パウル・クレーの特別展示会が今月の末までやっている。

川村記念美術館には、有名な絵が何点も常設されている。モネの『睡蓮』(上野の西洋近代美術館のよりかは小さいけど)もあるし、ピカソの絵もいくつかある。

常設展の中では、マグリットの絵とシャガールの絵(両者とも絵の題名は忘れてしまった)が、特にオレの心を強くひきつけた。

パウル・クレーの絵は、谷川俊太郎の『クレーの絵本』などで見たことがあったが、写真と実物とではまったくちがう。この先どんなに印刷技術が発達しようとも、本物とのあいだの圧倒的な格差を埋めることはできないだろうと思った。

クレーの絵は、ほんとうにやさしい絵ばかりだ。
子どもがみて喜ぶような絵。
大人がみても思わずほほ笑んでしまうような絵が多い。
専門的なことについてはわからないが(そもそもそんなもの知らないほうがいい)、「線」と「丸」と「ぼかし」を印象的に組み合わせているなと思った。

中でももっとも強く魅せられたのは、展示会の最後の絵だった。

題名は『宝もの』。

その絵についてはここでうまく説明することはできないが、その絵のシンプルさは、とにかくみる人の心に強く訴えるものがあった。あまりにも気に入ったので、後でその絵のポストカードを買ったが、本物とはまったくちがっていたので少し落胆してしまった。

その絵は、ジーっとみていても飽きないものがあった。クレーの思いや肉感がそのまま直に伝わってくる感じだった。

まるで子どもが描いたような絵。
しかし、この絵を描いたのは大人である。

大人でありながら子どもを失わないでいた人。
それがパウル・クレーだとオレは思った。

と同時に、
あの時代、子どもを失わないでいることがどれほどのことであったかを考えると、この絵が持つメッセージの強烈さに圧倒されずにはいられなかった。

パウル・クレーは1879年にスイスのベルンで生まれ、1940年に亡くなった。そしてその間、ドイツで第一次世界大戦を経験している。アドルフ・ヒトラーの政権下で、パウル・クレーの絵は「退廃芸術」というレッテルを貼られ、その展示は全面的に禁止された。いわゆる「芸術の迫害」である。

そしてこの絵は、1937年、クレーの晩年に描かれている。
おそらく、全人生をかけた壮絶な闘いの結晶であったにちがいない。


「まっすぐはとどく まっすぐは貫く まっすぐは跳ね返る まっすぐは終わらない
 まっすぐを生み出す力は まっすぐではない 曲がりくねり せめぎあっている」   谷川俊太郎




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