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「 2006年06月 」 の記事一覧
2006.06.09 Fri
Copa del Mundo 2006

ノーベル文学賞を受賞したメキシコの詩人オクタヴィオ・パスは彼の著作の中でこういっている。

「サッカーとフィエスタがなかったら、われわれは革命を起こしていただろう」

コパデルムンド(ワールドカップ)という舞台では、いまや「サッカー」と「フィエスタ(祭り)」は同義である。

オリンピックを世界最大のスポーツの祭典と呼んでいるのは、先進国の人たちだけだ。

オレが2年と3ヶ月滞在したパラグアイでは、オリンピック(アテネ五輪)なんて雑談の話題にすらのぼらなかった。ただ、パラグアイがオリンピックではじめてのメダルを獲得したことだけは国民の注目をあびた。それも、サッカーという種目において。

途上国を旅することが多かった自分に、サッカーについての記憶の残照はいくつかある。

パキスタンのラワルピンディーの高原で地元の子どもたちと夢中でボールを追いかけた。汗だくになって、そのあと記念写真を撮った。

そのむかし「世界の半分」と称えられたイランのイスファハーン。巨大なモスクが存在する王の広場では、夜になるとチャドルを纏った女性たちとその家族らが広場の中心の芝生でピクニックを開始する。そしてその周囲のあちこちでは次々に男どもがサッカーを繰りひろげる。英語も日本語もまったく通じない状況で、それでもなんとか彼らとのコミュニケーションは成り立っていた。サッカーというスポーツをとおして。

みんなオレのことを「NAKATA! NAKATA!」と呼んでいた。いま思えば、当時中田はイタリアのASローマでプレーしていた。そしてイランの英雄アリ・ダエイはドイツのバイエルン・ミュンヘンで活躍していた。

サッカーのすばらしさを身にしみて感じたのは南米のパラグアイでだった。仕事が終わるとサッカー、冷たいビールを飲んではサッカー、食事のときもサッカー、テレビをつけてもラジオをつけてもサッカーの話題が流れていないということはなかった。

初対面の相手には、名前をきかれ、その次に
「Que club de sos ?」(どこのクラブのファンだ?)
ときかれるのが通常だ。

パラグアイは「途上国」というカテゴリーに位置付けられ、国連の発表する「絶対的貧困率」も南米では上位を争う。

しかし、
そのむかし宗教が貧困者の魂を救済したように、
いまではサッカーが彼らの魂を救済しているのはまぎれもない事実である。

ヨーロッパの人たちにとってサッカーは文化かもしれないが、
南米の人たちにとってサッカーは夢そのものだ。


コパデルムンドは今日(6月9日)開幕し、あしたイングランドVSパラグアイの試合がおこなわれる。あしたは東京のスポーツバーにみんなで集まって大スクリーンでその試合を観戦する。

今も地球の裏側では
暑くて熱い盛り上がりをみせているに違いない。

あしたの同じ時刻、違う場所で、同じ試合を見、地球の裏側の人たちと喜怒哀楽を共有する。

そんな地球規模の出来事に得も云えぬよろこびを感じながら。



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